八度目の朝。
成美はゆっくりとまぶたを開き、薄いカーテン越しに差し込む白い朝日を感じながら、胸の鼓動を確かめるように右手を当てた。
(今日も同じ日……何度目だろう。五度目も、六度目も、七度目も、全部が昨日と同じ朝だった。でも、今日こそ終わらせる方法を探さなきゃ)
窓の外では、朝露に濡れた木々の葉が風に揺れていた。蝉の声が耳を打ち、どこかで新聞配達のバイクの音が遠ざかっていく。
深呼吸をひとつしてから制服に袖を通し、階段を降りた。
朝食の席では母がテーブルに皿を並べていた。湯気を立てる味噌汁と焼き魚の香ばしい匂いが広がる。
「おはよう、成美。……あら、ちょっと顔が引き締まってない?」
「うん、大丈夫」
微笑みながら答えつつも、心の奥では強い決意を固めていた。(今日はみんなを助ける日にする。昨日までの私じゃなくて、未来を動かす私でいたい)
学校の門に着くと、案の定、岳がいつもの位置に立っていた。朝日を背に、眩しい笑顔で片手を上げる。
「おはよう、成美」
「うん、おはよう」
返事をしながら、成美は小さく拳を握った。(この日が終わる前に、何かひとつでも変えてみせる)
授業中、ノートを取る手がいつもより速かった。時計の針が進むたびに、胸の奥の焦りと決意が混じり合っていく。
放課後のチャイムが鳴ると同時に、成美は立ち上がった。
(放送室だ。まずはそこから)
放送室に駆け込むと、いつも通りの明るい声で百合子が振り向いた。
「何かあった? そんなに急いで」
息を整えた成美は、真っ直ぐ百合子を見つめた。
「今日、避難訓練をしない?」
「避難訓練?」百合子は目を瞬かせ、首をかしげた。
成美は喉の奥で言葉を探した。(本当は雷と事故のことを話したい。でも未来が変わるなんて、きっと信じてもらえない。だったら理由なんていらない。必要だと思ったから動くだけ)
「昨日の土砂崩れのニュース、見たでしょ? あんなふうに突然のことが起きたら困るから……今日、練習しておきたいの」
百合子は少し驚いた表情から、すぐに真剣な顔に変わった。
「……わかった、放送で呼びかけるね」
数分後、校内スピーカーから百合子の透き通った声が響いた。
〈これから臨時の避難訓練を行います。生徒の皆さんは落ち着いてグラウンドへ〉
廊下がざわめき、驚く生徒たちが動き始める。
(よし……まず一歩)成美は小さく拳を握った。
グラウンドでは太陽がバケツを抱え、哲平が真剣な顔で周囲を見回していた。
「昨日の土砂崩れみたいなことを想定するのか?」哲平が問いかける。
「うん。昨日は危なかったでしょ。だから備えておきたいの」成美は笑顔を作って答えた。
太陽は頷き、持ってきたドローンを構えた。
「映像に残しておくよ。後で先生にも見せて、誰かの役に立てたらいい」
その横で真菜が小さなメモ帳を取り出し、必死に手を走らせている。
「こういうとき、私も役に立ちたいな……」
「もう立派に役に立ってるよ」成美が言うと、真菜の頬はほんのり赤く染まった。
やがて雷鳴が響いた。低く重い音が空気を震わせ、生徒たちの顔に緊張が走る。
しかしパニックは起きなかった。全員が落ち着いて校舎へ戻り、避難訓練は成功裏に終わった。
成美は息をつき、空を見上げる。(よかった……誰も怪我をしていない)
その時、肩を軽く叩かれた。振り返ると岳が立っていた。
「成美、どうして今日、いきなりこんなことを?」
真っ直ぐな視線に成美は一瞬言葉を探し、やがて微笑んだ。
「未来を変えたかったから」
「未来?」岳が首をかしげる。
「うん……みんなが笑っていられる未来」
その言葉を聞いた岳は、しばらく沈黙した後、ゆっくりとうなずいた。
「……その気持ち、すごく好きだな」
真剣な声に、成美の胸が温かくなる。(岳は信じてくれた……)
放課後、夢ノートを広げると、今日の出来事を丁寧に書き込んだ。
〈避難訓練を提案→全員無事〉
〈岳に未来を話した→少し照れてた〉
(これで、少しは未来を変えられたかな)
雷鳴はまだ遠い。窓の外に暗い雲が渦巻いているが、成美の胸は落ち着いていた。
夜になっても空は不安定なままだった。成美は窓辺に立ち、黒い雲の向こうをじっと見つめる。(今日で終わるかな……それとも、まだ続くのかな)
ベッドに横たわると、頭の中に仲間たちの顔が次々に浮かんだ。
太陽の照れた笑顔。哲平のまじめな横顔。百合子の澄んだ声。真菜の少し控えめな表情。そして岳の真剣な瞳――。
(私は一人じゃない。このループはきっと、私にそれを気づかせるためにあるんだ)
遠くで雷鳴が響き、視界が白く染まった。
目を開けると、やはり同じ朝――九度目の八月二十五日だった。
だが、その朝の成美の胸には迷いがなかった。
(今日で終わらせよう。みんなの夢を守って、未来に進むんだ)
洗面所で顔を洗うと、鏡に映る自分の瞳がいつもより強い光を宿しているように見えた。
朝食の席では、母に向かっていつも以上にしっかりと声を出した。
「お母さん、今日もありがとう」
母は驚いた表情を見せたが、すぐに優しく微笑み、「どうしたの急に」と返してきた。
(ちゃんと伝えられると、こんなにも温かい気持ちになるんだ……)
登校途中、湿った風が肌を撫でた。雷の匂いはまだ残っているが、昨日よりも空は少し明るい。
校門の前では仲間たちが集まっていた。太陽がドローンケースを抱えて手を振り、哲平が「おはよう」と短く声をかける。真菜と百合子はにこやかに会釈した。
「みんな……ありがとう」成美は自然に言葉をこぼしていた。
放課後、再び六人は集まり、昨日の避難訓練について話していた。
「昨日のおかげで、先生たちも次からマニュアルを作るってさ」百合子が嬉しそうに話す。
「やったじゃん!」太陽が片手を上げる。
哲平も少し照れくさそうに笑い、「成美、ありがとうな」と言った。
その笑顔を見て、成美は胸が熱くなった。
「これからも、みんなで未来を守ろう」
その瞬間、空に雷が轟いた。
しかし成美はもう怯えなかった。窓の外に広がる光を見上げ、力強く叫んだ。
「私は……もう逃げない!」
強い光が視界を包み込み、成美は静かに目を閉じた。
次に目を開いたとき、成美は自分の部屋の天井を見上げていた。
鼓動が早く、胸が温かい。呼吸を整えて、ゆっくりと目を閉じてから再び開いた。
壁の時計の針は八月二十六日を指している。
(……進んだ? 本当に、進んだんだ)
何度も見てきた八月二十五日の朝ではない。日付が、未来に動いている。
その事実に気づいた瞬間、涙がこぼれた。
居間へ降りると、母がテーブルで新聞を読んでいた。成美の目元を見て眉を上げた。
「どうしたの、泣いてるじゃない」
「ううん、嬉しいの」成美は涙を拭いながら笑った。
母は少し驚きながらも微笑み、何も聞かずに朝食を差し出した。
(ありがとう……もう、繰り返さない。私はこの未来を生きていく)
学校に着くと、すでに仲間たちが校庭の一角に集まっていた。太陽はドローンの準備をしており、哲平は腕を組みながら何やら真剣な顔をしている。真菜と百合子は放送用の原稿を確認していた。
その光景を見て胸が熱くなる。
「今日、変な感じしない?」真菜が首をかしげた。
「うん。でも、なんかいい日になりそう」太陽が笑顔を見せる。
成美は夢ノートを握りしめ、心の中で誓った。
(もう繰り返さない。この未来を生きていく)
放課後、岳が声をかけてきた。
「なあ成美……昨日のことだけどさ、本当に未来を変えられると思う?」
成美は真っ直ぐに岳を見て、笑った。
「うん、みんなで動けば、絶対に変えられる」
岳は目を細めてうなずいた。「ならさ、これからも一緒に考えてくれよ」
「もちろん」
沈む夕日を見ながら、二人はしばらく無言で並んでいた。
風が頬を優しくなで、雷の匂いはもうどこにもなかった。
(この未来を守る。何度繰り返してでも、私はそうする)
帰宅後、成美は夢ノートの最初のページを開いた。
そこには、初めて書いた願い――〈夏祭りの花火を屋上でみんなと見たい〉が記されている。
(まだ叶ってないけど、きっと叶えられる。もう、何度も繰り返さなくてもいい)
ペンを取り、今日のページにこう書き足した。
〈未来は進んだ。みんなで守ると決めた日〉
書き終えた瞬間、胸の奥から込み上げてくるものがあり、成美は小さく笑った。
「ありがとう」
窓の外には、雷ではなく夕立上がりの虹がかかっていた。
成美はゆっくりとまぶたを開き、薄いカーテン越しに差し込む白い朝日を感じながら、胸の鼓動を確かめるように右手を当てた。
(今日も同じ日……何度目だろう。五度目も、六度目も、七度目も、全部が昨日と同じ朝だった。でも、今日こそ終わらせる方法を探さなきゃ)
窓の外では、朝露に濡れた木々の葉が風に揺れていた。蝉の声が耳を打ち、どこかで新聞配達のバイクの音が遠ざかっていく。
深呼吸をひとつしてから制服に袖を通し、階段を降りた。
朝食の席では母がテーブルに皿を並べていた。湯気を立てる味噌汁と焼き魚の香ばしい匂いが広がる。
「おはよう、成美。……あら、ちょっと顔が引き締まってない?」
「うん、大丈夫」
微笑みながら答えつつも、心の奥では強い決意を固めていた。(今日はみんなを助ける日にする。昨日までの私じゃなくて、未来を動かす私でいたい)
学校の門に着くと、案の定、岳がいつもの位置に立っていた。朝日を背に、眩しい笑顔で片手を上げる。
「おはよう、成美」
「うん、おはよう」
返事をしながら、成美は小さく拳を握った。(この日が終わる前に、何かひとつでも変えてみせる)
授業中、ノートを取る手がいつもより速かった。時計の針が進むたびに、胸の奥の焦りと決意が混じり合っていく。
放課後のチャイムが鳴ると同時に、成美は立ち上がった。
(放送室だ。まずはそこから)
放送室に駆け込むと、いつも通りの明るい声で百合子が振り向いた。
「何かあった? そんなに急いで」
息を整えた成美は、真っ直ぐ百合子を見つめた。
「今日、避難訓練をしない?」
「避難訓練?」百合子は目を瞬かせ、首をかしげた。
成美は喉の奥で言葉を探した。(本当は雷と事故のことを話したい。でも未来が変わるなんて、きっと信じてもらえない。だったら理由なんていらない。必要だと思ったから動くだけ)
「昨日の土砂崩れのニュース、見たでしょ? あんなふうに突然のことが起きたら困るから……今日、練習しておきたいの」
百合子は少し驚いた表情から、すぐに真剣な顔に変わった。
「……わかった、放送で呼びかけるね」
数分後、校内スピーカーから百合子の透き通った声が響いた。
〈これから臨時の避難訓練を行います。生徒の皆さんは落ち着いてグラウンドへ〉
廊下がざわめき、驚く生徒たちが動き始める。
(よし……まず一歩)成美は小さく拳を握った。
グラウンドでは太陽がバケツを抱え、哲平が真剣な顔で周囲を見回していた。
「昨日の土砂崩れみたいなことを想定するのか?」哲平が問いかける。
「うん。昨日は危なかったでしょ。だから備えておきたいの」成美は笑顔を作って答えた。
太陽は頷き、持ってきたドローンを構えた。
「映像に残しておくよ。後で先生にも見せて、誰かの役に立てたらいい」
その横で真菜が小さなメモ帳を取り出し、必死に手を走らせている。
「こういうとき、私も役に立ちたいな……」
「もう立派に役に立ってるよ」成美が言うと、真菜の頬はほんのり赤く染まった。
やがて雷鳴が響いた。低く重い音が空気を震わせ、生徒たちの顔に緊張が走る。
しかしパニックは起きなかった。全員が落ち着いて校舎へ戻り、避難訓練は成功裏に終わった。
成美は息をつき、空を見上げる。(よかった……誰も怪我をしていない)
その時、肩を軽く叩かれた。振り返ると岳が立っていた。
「成美、どうして今日、いきなりこんなことを?」
真っ直ぐな視線に成美は一瞬言葉を探し、やがて微笑んだ。
「未来を変えたかったから」
「未来?」岳が首をかしげる。
「うん……みんなが笑っていられる未来」
その言葉を聞いた岳は、しばらく沈黙した後、ゆっくりとうなずいた。
「……その気持ち、すごく好きだな」
真剣な声に、成美の胸が温かくなる。(岳は信じてくれた……)
放課後、夢ノートを広げると、今日の出来事を丁寧に書き込んだ。
〈避難訓練を提案→全員無事〉
〈岳に未来を話した→少し照れてた〉
(これで、少しは未来を変えられたかな)
雷鳴はまだ遠い。窓の外に暗い雲が渦巻いているが、成美の胸は落ち着いていた。
夜になっても空は不安定なままだった。成美は窓辺に立ち、黒い雲の向こうをじっと見つめる。(今日で終わるかな……それとも、まだ続くのかな)
ベッドに横たわると、頭の中に仲間たちの顔が次々に浮かんだ。
太陽の照れた笑顔。哲平のまじめな横顔。百合子の澄んだ声。真菜の少し控えめな表情。そして岳の真剣な瞳――。
(私は一人じゃない。このループはきっと、私にそれを気づかせるためにあるんだ)
遠くで雷鳴が響き、視界が白く染まった。
目を開けると、やはり同じ朝――九度目の八月二十五日だった。
だが、その朝の成美の胸には迷いがなかった。
(今日で終わらせよう。みんなの夢を守って、未来に進むんだ)
洗面所で顔を洗うと、鏡に映る自分の瞳がいつもより強い光を宿しているように見えた。
朝食の席では、母に向かっていつも以上にしっかりと声を出した。
「お母さん、今日もありがとう」
母は驚いた表情を見せたが、すぐに優しく微笑み、「どうしたの急に」と返してきた。
(ちゃんと伝えられると、こんなにも温かい気持ちになるんだ……)
登校途中、湿った風が肌を撫でた。雷の匂いはまだ残っているが、昨日よりも空は少し明るい。
校門の前では仲間たちが集まっていた。太陽がドローンケースを抱えて手を振り、哲平が「おはよう」と短く声をかける。真菜と百合子はにこやかに会釈した。
「みんな……ありがとう」成美は自然に言葉をこぼしていた。
放課後、再び六人は集まり、昨日の避難訓練について話していた。
「昨日のおかげで、先生たちも次からマニュアルを作るってさ」百合子が嬉しそうに話す。
「やったじゃん!」太陽が片手を上げる。
哲平も少し照れくさそうに笑い、「成美、ありがとうな」と言った。
その笑顔を見て、成美は胸が熱くなった。
「これからも、みんなで未来を守ろう」
その瞬間、空に雷が轟いた。
しかし成美はもう怯えなかった。窓の外に広がる光を見上げ、力強く叫んだ。
「私は……もう逃げない!」
強い光が視界を包み込み、成美は静かに目を閉じた。
次に目を開いたとき、成美は自分の部屋の天井を見上げていた。
鼓動が早く、胸が温かい。呼吸を整えて、ゆっくりと目を閉じてから再び開いた。
壁の時計の針は八月二十六日を指している。
(……進んだ? 本当に、進んだんだ)
何度も見てきた八月二十五日の朝ではない。日付が、未来に動いている。
その事実に気づいた瞬間、涙がこぼれた。
居間へ降りると、母がテーブルで新聞を読んでいた。成美の目元を見て眉を上げた。
「どうしたの、泣いてるじゃない」
「ううん、嬉しいの」成美は涙を拭いながら笑った。
母は少し驚きながらも微笑み、何も聞かずに朝食を差し出した。
(ありがとう……もう、繰り返さない。私はこの未来を生きていく)
学校に着くと、すでに仲間たちが校庭の一角に集まっていた。太陽はドローンの準備をしており、哲平は腕を組みながら何やら真剣な顔をしている。真菜と百合子は放送用の原稿を確認していた。
その光景を見て胸が熱くなる。
「今日、変な感じしない?」真菜が首をかしげた。
「うん。でも、なんかいい日になりそう」太陽が笑顔を見せる。
成美は夢ノートを握りしめ、心の中で誓った。
(もう繰り返さない。この未来を生きていく)
放課後、岳が声をかけてきた。
「なあ成美……昨日のことだけどさ、本当に未来を変えられると思う?」
成美は真っ直ぐに岳を見て、笑った。
「うん、みんなで動けば、絶対に変えられる」
岳は目を細めてうなずいた。「ならさ、これからも一緒に考えてくれよ」
「もちろん」
沈む夕日を見ながら、二人はしばらく無言で並んでいた。
風が頬を優しくなで、雷の匂いはもうどこにもなかった。
(この未来を守る。何度繰り返してでも、私はそうする)
帰宅後、成美は夢ノートの最初のページを開いた。
そこには、初めて書いた願い――〈夏祭りの花火を屋上でみんなと見たい〉が記されている。
(まだ叶ってないけど、きっと叶えられる。もう、何度も繰り返さなくてもいい)
ペンを取り、今日のページにこう書き足した。
〈未来は進んだ。みんなで守ると決めた日〉
書き終えた瞬間、胸の奥から込み上げてくるものがあり、成美は小さく笑った。
「ありがとう」
窓の外には、雷ではなく夕立上がりの虹がかかっていた。


