八月に入ると、太陽は容赦なく照りつけ、校庭は熱気に包まれていた。
  屋上に集まった六人は、額に汗を浮かべながら最終調整を進めていた。
 「翼の補強は終わったか?」拓朗が確認する。
 「完了。バランスも問題ない」拓実が答え、工具を置いた。
  麻友はチェックリストを片手に全体を見回し、真紀は風の流れを調べながらうなずく。
 「今日の風なら、試験飛行にはちょうどいい」
  凪紗は椅子に腰かけ、呼吸を整えながら皆の作業を見守っていた。
  体調は万全ではない。それでも目の奥は強い光で満ちていた。
  煌生は工具箱を閉じ、汗を拭いながら言った。
 「これが完成したら……絶対に飛ばそうな」
 「うん。あの星座の形に、きっと届くよ」凪紗は微笑み返した。
  夕暮れになると、空は茜色に染まり、風が少し涼しくなった。
 「今日はここまでにしよう」麻友が声をかけると、皆は道具を片付け始めた。
  凪紗はフェンス際に立ち、遠くの山並みに沈む夕陽を見つめていた。
 「もうすぐだね」その声は静かで、どこか儚げだった。
  煌生は隣に立ち、無言で同じ空を見上げた。
  何を言えばいいのか分からない。ただ、その願いを必ず叶えたいと心に刻んだ。
  下校途中、凪紗は足を止めて振り返った。
 「ありがとう、みんながいてくれて」
 「当たり前だろ」煌生は照れくさそうに笑った。
  その笑顔に、凪紗の目が少し潤んだ。
  翌日、風は強かったが空は澄み切っていた。屋上に集まった六人は、前夜に仕上げた翼を発射台にセットした。
 「今日は試し飛ばしだ。データを取って本番に備える」拓朗が説明する。
  凪紗は手すりに寄りかかりながら、その光景を見つめていた。
  心拍計が規則正しい音を刻み、胸に不安と期待が入り混じる。
  煌生は深呼吸をし、レバーを握った。
 「三、二、一!」
  放たれた翼は、空を切り裂くように舞い上がった。緑の光が風に乗って揺れ、真紀が声を上げた。
 「角度、完璧!」
  校庭に落ちた翼を回収し、拓実がデータを読み上げる。
 「予定通りの飛行軌道だ。成功だな」
  凪紗は思わず手を叩き、笑顔を見せた。
  その夜、凪紗はベッドに横たわりながらスマホを見つめていた。煌生からのメッセージには〈次は本番だな〉と書かれている。
  指が震えながらも〈ありがとう。絶対に見届ける〉と返信した。
  窓の外には星が瞬いている。
 「あと少し……」
  胸の奥にある弱い鼓動を確かめながら、凪紗は目を閉じた。
  一方、煌生は設計図を見直していた。
 「勝ち負けじゃない。ただ願いを届けたいんだ」
  独り言をつぶやき、工具を握る手に力を込めた。
  その横顔は、競争を避けてきた少年のものではなく、何かを守ろうとする顔になっていた。
  本番前日、屋上には緊張が漂っていた。拓朗は最後のバランスチェックをし、麻友は全員に水を配った。
 「今日こそ完成させるぞ」煌生の声に、全員がうなずいた。
  凪紗はフェンスに寄りかかり、ゆっくりと呼吸していた。
  頬は少し赤く、胸の奥で小さな不安が渦巻いている。それでも、その瞳は揺らがなかった。
 「ねえ、煌生くん」
 「ん?」
 「ありがとう。こんなに真剣になってくれて」
 「当たり前だろ。お前の願いだからな」
  凪紗は微笑み、空を見上げた。雲一つない青空が広がっている。
 「明日、絶対に飛ばそう」
  夜、凪紗は日記帳を開いていた。
 〈明日、私の夢が空を飛ぶ〉と一行書き、ペンを置いた。
  胸の奥で鼓動が早まり、少しだけ涙がにじむ。
 「怖いな……でも楽しみ」
  小さな声は部屋の静けさに吸い込まれていった。
  一方、煌生は机に向かい、設計図を眺めていた。
 「絶対に失敗できない」
  呟くと同時に拳を握りしめる。その姿は、過去に競争を避けていた少年とは別人のようだった。
  窓の外には星座がきらめき、風がそっとカーテンを揺らしている。
  翌朝、太陽は雲一つない空に昇り、蝉の鳴き声が校舎に響いていた。
  屋上には、仕上げられた光る翼が発射台の上で静かに待っている。
 「いよいよだな」拓朗が緊張した声で言った。
  真紀は風向計を見つめ、麻友はストップウォッチを構えている。
  凪紗はフェンス際で深呼吸をしていた。
 「大丈夫?」煌生が声をかける。
 「うん、見届けたいの」
  その微笑みは、どこか覚悟を帯びていた。
  発射台に立つ煌生は、これまでの努力と仲間の思いを背負っていた。
 「三、二、一……!」
  レバーを引くと、光る翼は風を切り、夏空へ飛び立った。
  光る翼は、風を切りながら弧を描き、青空の中でひときわ輝いた。
  蓄光塗料が太陽の光を反射し、まるで昼間の流れ星のようだった。
 「すごい……!」凪紗が息をのむ。
  真紀が軌跡を記録し、拓実が速度を読み上げる。
 「予定通りの角度で上昇、安定してる!」
  麻友がストップウォッチを止め、笑みを浮かべた。
 「完璧よ!」
  翼はやがてゆっくりと失速し、校庭の端に着地した。
  煌生は深く息を吐き、仲間たちに笑顔を向けた。
 「これなら本番もいけるな」
  凪紗はフェンスに寄りかかり、目を閉じた。
 「ありがとう……夢みたい」
  その日の午後、凪紗はベンチに座り、胸に手を当てていた。
  心拍が少し早い。それでも顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。
  煌生が近づき、ペットボトルの水を差し出した。
 「大丈夫か?」
 「うん、ちょっと休んでただけ」
  凪紗は空を見上げた。
 「ねえ、もしこれが終わったら……みんなでお祭り、行きたいな」
 「もちろんだ」
  煌生は力強くうなずいた。
  その様子を見ていた拓朗たちも集まってきた。
 「約束な。終わったら、全員で花火を見に行こう」麻友が笑う。
  凪紗は涙をこらえるように笑顔を作り、頷いた。
  夕暮れ、屋上は橙色に染まり、風が少し冷たくなった。
  煌生は発射台の調整を終え、仲間たちを見回した。
 「明日が本番だ。絶対に成功させよう」
  全員の目が真剣さを帯びる。
  凪紗は少しだけ離れた場所で空を見上げていた。
 「ねえ、煌生くん」
 「なんだ?」
 「今日の空、すごく広いね」
 「明日は、もっと広く感じるぞ」
  凪紗は微笑み、フェンス越しに手を伸ばした。
  その仕草に、煌生は胸が熱くなるのを感じた。
  その夜、凪紗は病室の窓辺に腰かけ、スマホを手にしていた。
 〈明日、楽しみだね〉煌生からのメッセージに、彼女は小さく笑った。
 〈うん、私も〉と返信すると、胸の奥がじんわり温かくなる。
  窓の外では街灯の光が淡く揺れている。
  ふと、心臓の鼓動が強く打った。
 「大丈夫……明日は絶対に見るんだ」
  小さな声が夜に溶けた。
  一方、煌生は自室で工具を片付けながら深呼吸した。
 「逃げないって決めたんだ」
  その瞳には決意が宿り、机の上の設計図に視線を落とした。