昼休みの教室は、部活の勧誘ポスターや昼食の匂いでごった返していた。凪紗は机の上にスケッチブックを広げたまま、周囲を見回した。
「ねえ、協力してくれそうな人、誰かいないかな」
煌生はパンをかじりながら気のない声を返す。
「誰でもいいだろ、やりたい奴がいれば」
「それじゃ集まらないよ。自分から声をかけないと」
凪紗は立ち上がると、ためらいなく教室を横切り、まず拓朗の机へ向かった。
「拓朗くん、力を貸してほしいの。グライダー作って空に飛ばすの」
唐突な言葉に周囲の生徒が一斉に振り返った。拓朗はペンを持ったまま固まったが、すぐに笑った。
「……面白そうだな。課題はあるけど、どうせ放っておくよりいいか」
彼は短所を克服するのが得意で、困難を解くことにやりがいを感じる性格だった。
次に凪紗は麻友の席に向かう。
「人をまとめるの、麻友ちゃんが一番上手だと思って」
麻友は少し視線を逸らした。
「私? 調整はできるけど、あんまり好かれてないよ」
「それでもお願いしたい。あなたにしかできない役割だから」
その言葉に麻友は小さく頷いた。
さらに凪紗は窓際の拓実を呼び、最後に真紀の机を叩いた。
「空、好きでしょ?」
真紀は少し驚いたが、ゆっくり微笑んだ。
「……手伝う」
こうして、四人の仲間が集まった。煌生はパンを持った手を止めて彼女を見た。
「すごいな、お前」
「やりたいなら、迷わず動くの」
凪紗は笑ったが、その笑顔の奥に一瞬、影が走った。
放課後、集まった五人は旧校舎の空き教室に集合した。埃の匂いが漂い、窓の外には夕日が差し込んでいる。
「ここなら誰にも邪魔されないよね」
凪紗はスケッチブックを机に置き、ページをめくった。そこには紙飛行機を拡張したような設計図と、発射台の簡易な模型案が描かれている。
「すごい、本当に考えてきたんだな」
拓実が感心して言うと、麻友はメモを取り始めた。
「じゃあ役割を決めようか。拓朗くんは強度計算お願い。拓実くんは素材調べ。真紀ちゃんは風向きの観測。私は全体の進行管理をする」
調整役らしい麻友の声は落ち着いていた。
「俺は?」と煌生が問うと、凪紗が微笑む。
「あなたは……私と一緒に考えてほしい。空に届く翼を」
その目は真剣で、煌生は思わず視線を逸らした。
作業はすぐに始まった。拓朗は資料を広げて数式を書き出し、拓実は図書室から持ってきた専門書を読み込む。真紀は窓辺で風向きを観測しながら空を眺めている。その姿は穏やかで、凪紗もつられて笑顔になった。
煌生は手元のメモを見つめながら、ふと小声で言った。
「俺、こういうの、やったことないんだよな」
「大丈夫、私も初めてだから」
凪紗の声には迷いがなく、その一言で胸の奥の不安が少し和らいだ。
日が沈む頃、初日の計画会議が終わった。
「明日から本格的に動こう」
凪紗は嬉しそうに手を叩いた。
校庭を歩く帰り道、夕焼けが二人の影を長く伸ばす。煌生はポケットに手を入れたまま、ぼそりとつぶやいた。
「……本気なんだな」
「うん。本気だよ」
その答えは短かったが、心に強く響いた。
翌日の昼休み、凪紗は仲間たちを中庭に集めた。春の陽射しが柔らかく差し込み、まだ冷たい風が木々を揺らしている。
「今日は材料の確認から始めよう」
麻友が配ったメモには必要な部材と工具がリストアップされていた。
「意外と多いな……」と拓朗がぼやくと、拓実が笑った。
「でも、やればできる。俺、こういう地道なの得意だし」
「さすがだな」と煌生が応じると、凪紗が小さく笑った。
放課後、五人は買い出しに出かけた。商店街のホームセンターで発泡スチロール板や軽量木材を選び、店員に発射台用のバネについて相談する。
「これくらいなら耐久性は大丈夫だよ」と店員は笑顔で答え、アドバイスをくれた。
夕暮れ時、旧校舎の教室に戻った一行は机いっぱいに材料を並べた。
「まずは小型の試作機からだな」と拓朗が工具を手に取る。
真紀は窓を開けて外の風を感じ、ノートに風速を記録している。その姿を見て麻友が小声でつぶやいた。
「やっぱり真紀ちゃん、空が好きなんだね」
「うん。あの子は、誰よりも真剣に空を見てるよ」凪紗はそう言って微笑んだ。
作業が進むうち、煌生はふと凪紗の顔色に気づく。少し青白く、額に汗が浮かんでいた。
「休んだ方がいいんじゃないか?」
「大丈夫。これくらい、平気」
強がる声を聞きながら、煌生の胸に小さな不安が芽生えた。
週末、彼らは初めての試作機を屋上へ持ち込んだ。翼幅は一メートルほど、素材は軽量木材と発泡スチロール。
「よし、セット完了」
拓朗が発射台に機体を乗せ、拓実が角度を確認する。真紀は風向きを見て「今なら追い風」と告げた。
「カウントするよ。さん、に、いち!」
凪紗の声と同時に、バネが弾けた。機体は宙を滑り、屋上を越えて空へ飛び出す。しかし、すぐに失速して地面に落ちた。
「……だめか」
煌生が頭をかいたが、凪紗は笑っていた。
「いいの、ここから改良すればいいんだから」
その笑顔に全員がつられて笑った。
夕暮れ、屋上に座り込んだ凪紗は胸に手を当てて呼吸を整えていた。
「平気か?」と煌生が声をかける。
「うん……ちょっと疲れただけ」
その声は弱々しかったが、瞳は輝いている。
「次はもっと高く、もっと遠くに飛ばそうね」
その言葉に、誰も否定しなかった。
帰り道、煌生は凪紗の歩調に合わせて歩いた。
「なあ、本当に無理するなよ」
「うん。でもね、私、時間が惜しいの」
その一言が重く響き、煌生は黙って頷くしかなかった。
次の週、凪紗は少し遅れて屋上にやってきた。顔色は相変わらず白く、足取りは重い。
「遅かったな、大丈夫か?」と煌生が声をかける。
「うん、大丈夫。昨日ちょっと寝られなかっただけ」
その笑顔は弱々しかったが、目だけは強い光を放っていた。
仲間たちは既に作業を始めていた。拓朗は計算式を見直し、拓実は新しい素材を試している。麻友は作業時間を調整し、真紀は風向きと湿度を記録していた。
「すごいな、みんな本気だ」
煌生がつぶやくと、凪紗は微笑んだ。
「だって夢だから。本気じゃなきゃ届かないよ」
その日のテスト飛行では、機体は屋上から滑らかに飛び、前回よりも長い距離を描いた。全員が拍手し、凪紗は小さな声で「ありがとう」と言った。
だが帰り道、彼女は足を止めて肩で息をしていた。
「やっぱり無理させてるな」
煌生はそう思い、心の奥がざわついた。
夜、彼は机に向かい続けた。ペンを握る手が震え、図面には修正線が何本も走った。
「絶対、完成させる」
その言葉は自分自身への誓いのように響いた。
「ねえ、協力してくれそうな人、誰かいないかな」
煌生はパンをかじりながら気のない声を返す。
「誰でもいいだろ、やりたい奴がいれば」
「それじゃ集まらないよ。自分から声をかけないと」
凪紗は立ち上がると、ためらいなく教室を横切り、まず拓朗の机へ向かった。
「拓朗くん、力を貸してほしいの。グライダー作って空に飛ばすの」
唐突な言葉に周囲の生徒が一斉に振り返った。拓朗はペンを持ったまま固まったが、すぐに笑った。
「……面白そうだな。課題はあるけど、どうせ放っておくよりいいか」
彼は短所を克服するのが得意で、困難を解くことにやりがいを感じる性格だった。
次に凪紗は麻友の席に向かう。
「人をまとめるの、麻友ちゃんが一番上手だと思って」
麻友は少し視線を逸らした。
「私? 調整はできるけど、あんまり好かれてないよ」
「それでもお願いしたい。あなたにしかできない役割だから」
その言葉に麻友は小さく頷いた。
さらに凪紗は窓際の拓実を呼び、最後に真紀の机を叩いた。
「空、好きでしょ?」
真紀は少し驚いたが、ゆっくり微笑んだ。
「……手伝う」
こうして、四人の仲間が集まった。煌生はパンを持った手を止めて彼女を見た。
「すごいな、お前」
「やりたいなら、迷わず動くの」
凪紗は笑ったが、その笑顔の奥に一瞬、影が走った。
放課後、集まった五人は旧校舎の空き教室に集合した。埃の匂いが漂い、窓の外には夕日が差し込んでいる。
「ここなら誰にも邪魔されないよね」
凪紗はスケッチブックを机に置き、ページをめくった。そこには紙飛行機を拡張したような設計図と、発射台の簡易な模型案が描かれている。
「すごい、本当に考えてきたんだな」
拓実が感心して言うと、麻友はメモを取り始めた。
「じゃあ役割を決めようか。拓朗くんは強度計算お願い。拓実くんは素材調べ。真紀ちゃんは風向きの観測。私は全体の進行管理をする」
調整役らしい麻友の声は落ち着いていた。
「俺は?」と煌生が問うと、凪紗が微笑む。
「あなたは……私と一緒に考えてほしい。空に届く翼を」
その目は真剣で、煌生は思わず視線を逸らした。
作業はすぐに始まった。拓朗は資料を広げて数式を書き出し、拓実は図書室から持ってきた専門書を読み込む。真紀は窓辺で風向きを観測しながら空を眺めている。その姿は穏やかで、凪紗もつられて笑顔になった。
煌生は手元のメモを見つめながら、ふと小声で言った。
「俺、こういうの、やったことないんだよな」
「大丈夫、私も初めてだから」
凪紗の声には迷いがなく、その一言で胸の奥の不安が少し和らいだ。
日が沈む頃、初日の計画会議が終わった。
「明日から本格的に動こう」
凪紗は嬉しそうに手を叩いた。
校庭を歩く帰り道、夕焼けが二人の影を長く伸ばす。煌生はポケットに手を入れたまま、ぼそりとつぶやいた。
「……本気なんだな」
「うん。本気だよ」
その答えは短かったが、心に強く響いた。
翌日の昼休み、凪紗は仲間たちを中庭に集めた。春の陽射しが柔らかく差し込み、まだ冷たい風が木々を揺らしている。
「今日は材料の確認から始めよう」
麻友が配ったメモには必要な部材と工具がリストアップされていた。
「意外と多いな……」と拓朗がぼやくと、拓実が笑った。
「でも、やればできる。俺、こういう地道なの得意だし」
「さすがだな」と煌生が応じると、凪紗が小さく笑った。
放課後、五人は買い出しに出かけた。商店街のホームセンターで発泡スチロール板や軽量木材を選び、店員に発射台用のバネについて相談する。
「これくらいなら耐久性は大丈夫だよ」と店員は笑顔で答え、アドバイスをくれた。
夕暮れ時、旧校舎の教室に戻った一行は机いっぱいに材料を並べた。
「まずは小型の試作機からだな」と拓朗が工具を手に取る。
真紀は窓を開けて外の風を感じ、ノートに風速を記録している。その姿を見て麻友が小声でつぶやいた。
「やっぱり真紀ちゃん、空が好きなんだね」
「うん。あの子は、誰よりも真剣に空を見てるよ」凪紗はそう言って微笑んだ。
作業が進むうち、煌生はふと凪紗の顔色に気づく。少し青白く、額に汗が浮かんでいた。
「休んだ方がいいんじゃないか?」
「大丈夫。これくらい、平気」
強がる声を聞きながら、煌生の胸に小さな不安が芽生えた。
週末、彼らは初めての試作機を屋上へ持ち込んだ。翼幅は一メートルほど、素材は軽量木材と発泡スチロール。
「よし、セット完了」
拓朗が発射台に機体を乗せ、拓実が角度を確認する。真紀は風向きを見て「今なら追い風」と告げた。
「カウントするよ。さん、に、いち!」
凪紗の声と同時に、バネが弾けた。機体は宙を滑り、屋上を越えて空へ飛び出す。しかし、すぐに失速して地面に落ちた。
「……だめか」
煌生が頭をかいたが、凪紗は笑っていた。
「いいの、ここから改良すればいいんだから」
その笑顔に全員がつられて笑った。
夕暮れ、屋上に座り込んだ凪紗は胸に手を当てて呼吸を整えていた。
「平気か?」と煌生が声をかける。
「うん……ちょっと疲れただけ」
その声は弱々しかったが、瞳は輝いている。
「次はもっと高く、もっと遠くに飛ばそうね」
その言葉に、誰も否定しなかった。
帰り道、煌生は凪紗の歩調に合わせて歩いた。
「なあ、本当に無理するなよ」
「うん。でもね、私、時間が惜しいの」
その一言が重く響き、煌生は黙って頷くしかなかった。
次の週、凪紗は少し遅れて屋上にやってきた。顔色は相変わらず白く、足取りは重い。
「遅かったな、大丈夫か?」と煌生が声をかける。
「うん、大丈夫。昨日ちょっと寝られなかっただけ」
その笑顔は弱々しかったが、目だけは強い光を放っていた。
仲間たちは既に作業を始めていた。拓朗は計算式を見直し、拓実は新しい素材を試している。麻友は作業時間を調整し、真紀は風向きと湿度を記録していた。
「すごいな、みんな本気だ」
煌生がつぶやくと、凪紗は微笑んだ。
「だって夢だから。本気じゃなきゃ届かないよ」
その日のテスト飛行では、機体は屋上から滑らかに飛び、前回よりも長い距離を描いた。全員が拍手し、凪紗は小さな声で「ありがとう」と言った。
だが帰り道、彼女は足を止めて肩で息をしていた。
「やっぱり無理させてるな」
煌生はそう思い、心の奥がざわついた。
夜、彼は机に向かい続けた。ペンを握る手が震え、図面には修正線が何本も走った。
「絶対、完成させる」
その言葉は自分自身への誓いのように響いた。



