始業式が終わり、教室は昼休みのざわめきに包まれていた。
 夏休みの思い出を語り合う声と、机を囲む笑い声が絶え間なく響く。その中で、煌生たち五人は一つの机を囲んでいた。
 「これ、どうする?」拓実がノートを広げた。そこには凪紗が最後に描いた星図と、短い言葉が記されている。
 拓朗が腕を組み、少し考え込んだ後で言う。
 「やっぱ、終わらせちゃダメだよな」
 「うん。凪紗が残したもの、ちゃんと形にしよう」麻友が静かに頷いた。
 真紀は窓の外の空を見上げ、つぶやくように言った。
 「じゃあ、今度は…人が乗れるくらいのやつ、作る?」
 教室のざわめきが、一瞬遠のいた気がした。
 「いやいや、それは無理だろ」煌生は苦笑した。だが、胸の奥で何かがはじける音を感じていた。——夢は終わらない。終わらせたくない。
 「でも…いいな、それ」気づけば言葉がこぼれていた。
 仲間たちは驚いた顔をしたあと、ゆっくり笑顔に変わっていく。
 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。拓朗が机を軽く叩いた。
 「決まりだな。これからも、凪紗の翼を飛ばし続ける」
 麻友が小さく笑い、「部活作ったほうがいいんじゃない?」と冗談を言った。真紀が頷く。
 「それ、ありかもね」
 煌生は胸の内で呟いた。(俺…もう逃げない)
 放課後、五人は旧校舎の屋上に上がった。風は少し強く、夏の終わりを告げる涼しさを帯びている。煌生は柵に寄りかかり、目を閉じた。
 「なぁ、ここから全部始まったんだな」拓実の言葉に皆がうなずく。麻友が紙飛行機を差し出した。
 「記念に、もう一度」
 一斉に紙飛行機を飛ばすと、それは風に乗ってふわりと舞い上がり、校庭の向こうへ消えていった。
 煌生はスマホを取り出し、再生ボタンを押した。あの日と同じ心音が鳴り響く。ドクン、ドクン…。胸が熱くなり、視界が滲む。
 「俺、来年から航空工学を学ぶ」自然と口をついて出た言葉に仲間たちは驚きつつも誰も否定しなかった。
 「いいと思う。…だってそれ、凪紗の夢でもあるでしょ」麻友が微笑む。
 「俺たちも協力するよ」拓朗が肩を叩き、真紀が空を指差した。「見て、雲が切れてきた」
 空はどこまでも高く、遠く、そして続いていた。
 週末、町内会から連絡が届いた。「秋祭りの屋上からのグライダーショーを正式にイベントに組み込みたい」
 麻友がメールを読み上げ、全員が顔を見合わせた。「やるしかないな」拓朗が笑う。
 真紀が言う。「でも、もっと目立つ仕掛けにしないと」
 拓実は新しい設計案を広げた。「光るだけじゃなく、音もつけよう。凪紗の心音のリズムで」
 煌生は驚いて彼を見つめた。「それ、すごいな」
 「だろ? でも音響の知識が必要だ。誰か詳しい人いない?」
 麻友がスマホを操作し、「知り合いに相談してみる」と答えた。
 準備はすぐに始まった。資材の調達、設計の見直し、スケジュール調整——放課後の旧校舎は、またあの夏と同じ熱気に包まれた。
 秋祭り当日。校庭には屋台が並び、人の声と音楽が溢れていた。屋上の発射台には新たな発光グライダーが鎮座している。翼には凪紗の星図と心音波形が描かれ、特製の小型スピーカーが取り付けられていた。
 「準備完了!」拓朗の声が響く。拓実は最終チェックを終え、親指を立てた。真紀は風向きを確認し、「ちょうどいい風」と微笑む。麻友が観客席の方を見て小さく呟いた。「凪紗、見てるよね」
 煌生は深呼吸し、カウントを始めた。「3、2、1、発射!」
 グライダーは勢いよく飛び出し、夜空を切り裂くように上昇する。翼の光が青白く輝き、スピーカーからあの心音が流れる。ドクン、ドクン…。
 観客席から歓声が上がる。光と音が夜空に響き渡り、まるで凪紗がそこにいるかのようだった。煌生の目から涙がこぼれる。(届いたな、凪紗)
 グライダーは長い弧を描き、観客の頭上を越えてゆっくりと降下する。回収チームが駆け寄り、無傷の機体を掲げ上げると、校庭全体から拍手が湧き起こった。
 拓朗が満面の笑みで叫ぶ。「成功だ!」
 麻友と真紀が抱き合って泣き、拓実は涙を拭きながら笑った。煌生は空を見上げ、深く息を吐いた。「ありがとう、凪紗」
 観客の中で小さな子どもが空を指差した。「ねえ、ぼくも飛ばしたい!」
 その声に大人たちが笑い、拍手が続いた。——夢は、確かに広がっていた。
 夜が更けても屋上の熱気は冷めず、仲間たちはいつまでも空を見上げていた。
 そこにはもう、後悔も恐れもなかった。ただ一つ、未来への強い意志だけが残っていた。