夏休みの終盤、町内放送で花火大会中止の知らせが流れた。資金不足と安全面の理由だと伝えられ、町全体に落胆の声が広がった。
  その知らせを聞いた瞬間、凪紗は病室で顔を曇らせた。「空を光で満たす……もうできないのかな」小さな声に、煌生はすぐに首を振った。「あきらめるな。まだ方法はある」
  放課後、六人は屋上に集まった。拓朗は眉間に皺を寄せて計算書を見つめ、麻友は電話を握りしめていた。「町内会の人に頼んでみる。学校の屋上を使えるかもしれない」
  真紀は星図を広げ、「ここに飛ばせば、北東の夜空が開けてる」と指を差す。拓実は静かに「発光時間を延ばせば、花火じゃなくても十分に見える」と付け加えた。
  その夜、麻友は町内会や教師たちを回り、屋上使用の許可と協賛金を取り付けた。「嫌われ役、買って出るわ」彼女の言葉に誰も返せなかった。ただ、煌生が肩に手を置いた。「ありがとう」
  翌朝、校庭に六人が集合した。まだ陽が昇りきらない涼しさの中、息を切らしながら煌生が到着する。「悪い、寝坊した」「いいよ、今日はテストだから」麻友が笑った。
  翼を装着したグライダーが発射台に置かれた。LEDは昨夜充電を終え、淡く白光を放っている。拓朗が最終チェックを終え、拓実が角度を合わせ、真紀が風向きを確認する。
 「行けるか?」「行ける」全員がうなずいた。
  煌生は深呼吸し、カウントダウンを始めた。「さん、に、いち……」バネが弾け、翼は夜明けの空に放たれた。白い尾を描きながら滑る軌跡は、星図どおり北東を指し示している。
  凪紗の病室の窓辺で、彼女は遠くの空を見つめていた。見えるはずのない小さな光を想像し、胸に手を当てる。「ちゃんと届いてる……」
  着陸したグライダーを抱え、煌生は笑った。「あと一回、仕上げよう」その声に全員が応じた。「おう!」
  病室に戻った映像通話越しに、凪紗が涙ぐむ。「ありがとう。本当に、ありがとう」その笑顔は、弱いはずの体を包み込むように力強かった。
  午後、全員で最後の改良に取りかかった。拓朗はバッテリーの増設、拓実は翼のしなりを調整、真紀は発光パターンを確認する。麻友は連絡網を駆け回り、使用許可の手続きを進めていた。「これで発光時間は三倍だな」拓朗の声に、みんなの表情が明るくなる。
  煌生は翼に手を置き、目を閉じた。思い出すのは初めて紙飛行機を飛ばした日、凪紗の笑顔と冷たい指先の感触だった。「もう失敗はしない。届けるんだ」
  夜、校庭で試作機を放った。軌跡はこれまでにない長さと輝きを描き、ゆるやかに弧を描いて着地する。「成功だ!」真紀の声が響いた。
  だが煌生はうなずくだけで、笑みを浮かべなかった。まだ足りない気がした。発射台を抱えたまま屋上に向かい、街の夜景を見下ろす。遠く、病院の灯りが滲む。「凪紗、見えてるか? 次は本番だ」
  翌朝、煌生は学校に着くと同時に屋上へ向かった。そこにはすでに凪紗以外の五人が集まっていた。「昨日の最終チェック、問題なしだ」拓朗が報告する。「風も安定してる」真紀が空を見上げる。
  麻友がスマホを掲げた。「病室と繋がってるよ」画面の向こうで凪紗が微笑んだ。「みんな、ありがとう。準備は大丈夫?」「もちろんだ」煌生は力強く答えた。
  発射台に置かれた翼は、夜の光を蓄えたかのようにわずかに光を返している。拓実が角度を調整し、拓朗がカウントを取る。「いくぞ! さん、に、いち……!」バネが弾け、翼は夜明けの空へと吸い込まれた。白い光が空を裂くように走り、北東の空へ軌跡を描いていく。
  凪紗はその光を病室から見て、声を詰まらせた。「……届いた」心拍計の音が一拍だけ速くなる。医師が覗き込んだが、彼女は首を振って笑った。
  煌生は翼の軌跡を見送り、深く息を吐いた。「これで……終わりじゃないよな」仲間たちが彼を見つめ、誰も言葉を返さなかった。ただ、屋上に吹く風だけが、答えるように彼らの頬を撫でていった。
  夜、煌生は一人で屋上に戻った。昼間の熱気が嘘のように静かで、風だけが通り抜けていた。ポケットから取り出したのは、凪紗が初めて渡してくれた紙飛行機。少し色あせて端が折れている。「なあ、凪紗。お前の夢、まだ続いてるんだよな」
  彼はその紙飛行機を空に放った。風に乗ったそれは、ゆるやかに弧を描いて暗闇に消えた。煌生は目を閉じ、胸の奥に広がる温かさに身を委ねた。
  同じ頃、病室の凪紗はスマホ越しにその姿を見ていた。「……ありがとう」彼女の瞳から静かに涙がこぼれた。
  翌朝、全員が集まると凪紗のメッセージが届いていた。〈みんなと空を飛べて、うれしかった〉その短い文章に、全員の胸が熱くなった。
  煌生は深呼吸して言った。「これで終わりじゃない。凪紗が教えてくれた空を、これからも追いかける」仲間たちは無言でうなずき、再び空を見上げた。