夏祭り当日の朝、病室のカーテン越しに光が差し込んだ。凪紗はベッドの上で目を覚まし、胸に手を当てて呼吸を整えた。昨日の疲れがまだ残っていたが、不思議と心は軽い。
「今日、飛ばせる……」
小さくつぶやき、スマホを手に取ると、煌生からのメッセージが届いていた。
〈二十三時、屋上。北東の空を見ててくれ〉
その短い文を見て、凪紗は微笑んだ。
一方、煌生は学校の屋上でグライダーの最終チェックを行っていた。拓朗は発射台の角度を調整し、拓実はバッテリーの残量を確認している。
「光装置の点灯、問題なし」真紀が報告する。
「タイミング合わせもオーケー」麻友が腕時計を見ながらうなずいた。
皆の表情に緊張と期待が混じっていた。
「今日は絶対に成功させよう」
煌生の言葉に全員がうなずく。その声は静かだったが、強い決意が込められていた。
夜、病院の屋上庭園に凪紗は車椅子で運ばれていた。看護師が付き添い、「寒くない?」と声をかける。
「大丈夫。少しだけ、外の空気を感じたいんです」
そう答えた凪紗の頬には、ほんのり紅が差していた。
空には満天の星が広がっている。遠くで夏祭りの花火の音が聞こえた。
(間に合った……)
胸の奥で鼓動が高まり、手のひらに汗がにじむ。
一方の学校屋上。煌生は発射台の前に立ち、深呼吸をした。
「準備完了」拓朗の声。
「発射台固定、問題なし」拓実の報告。
煌生は皆を見回し、短く言った。
「いくぞ」
カウントが始まった。
「三、二、一……!」
レバーを引くと、グライダーは弾かれた矢のように宙へ飛び出した。
グライダーは夜空を滑るように飛び、翼に取り付けられた発光装置が白い軌跡を描いた。
凪紗が描いた星図どおり、光は北東の空へと吸い込まれていく。
その光景に、屋上の全員が息をのんだ。
「行った……!」真紀が声を上げる。
麻友は両手を握りしめ、涙ぐんでいた。
病院の屋上庭園でその光を見ていた凪紗の瞳が潤む。
「届いた……」
声は震え、頬を伝う涙を拭うことすら忘れていた。
光はやがて小さくなり、夜空に溶けていった。
煌生は息を吐き、仲間たちに向き直った。
「成功だ……」
その言葉に全員が歓声を上げ、拍手が響く。
同じ頃、病院の病室ではモニターが規則正しい音を刻んでいた。
凪紗はその音を聞きながら、胸の奥で静かな安心を感じていた。
(これで、やっと……)
指先に残る風の感触を思い出しながら、彼女はそっと目を閉じた。
煌生は病院に駆けつけ、窓辺で眠る凪紗を見つめた。
「なあ、見たか? 空を飛んだぞ」
その声に、凪紗は薄く笑みを浮かべたまま、静かにまぶたを閉じていた。
「ありがとう……」かすかに唇が動いた。
その瞬間、モニターの音が少しだけ緩やかになり、また一定のリズムに戻った。
煌生はそっと彼女の手を握った。
翌日、教室には凪紗の残したノートが置かれていた。
〈空は続いている。次は君が飛ぶ番〉
その一行に、クラス全員が息をのんだ。
煌生は窓の外を見上げ、昨日の光を思い出した。
「俺たちは飛んだんだ。もう逃げない」
その言葉に、拓朗たちは静かにうなずいた。
誰も声を出さなかったが、その沈黙は確かな約束になっていた。
昼休み、教室には凪紗の席だけが静かだった。机の上に置かれたノートの一文を、煌生は何度も読み返した。
〈空は続いている。次は君が飛ぶ番〉
その筆跡は力強く、最後まで諦めなかった気持ちが伝わってくる。
「なあ、これ……凪紗が書いたんだよな」
拓朗が低い声でつぶやいた。
「ああ。たぶん、あの日の夜に」煌生はノートに手を伸ばしたが、すぐに引っ込めた。触れれば涙がこぼれそうだった。
真紀は窓の外を見上げていた。空はどこまでも澄み、雲がゆっくり流れている。
「また、あの光を飛ばそうよ。今度は……私たちの手で」
その言葉に麻友が頷いた。
「嫌われ役でも何でもいい。私、準備する」
拓実も無言で拳を握り、机を軽くたたいた。
放課後、屋上に集まった四人は残った部品を広げた。
「設計はそのまま。けど、今度はもっと高く飛ばせるように改良しよう」煌生はペンを取り、ノートに新しい角度を書き込んだ。
「いいね。凪紗のために」拓朗が笑い、工具を手にする。
夕焼けが差し込む屋上に、金属音と笑い声が響いた。凪紗のいない空間は寂しかったが、誰も下を向いてはいなかった。
煌生は空を見上げながら、心の中でつぶやいた。
(見てるか? 今度は俺たちだけでやってみせる)
一週間後、完成した新しいグライダーが屋上に並んだ。以前よりも軽く、翼は風を切る形状に調整されている。
「凪紗が見たら、また笑うだろうな」真紀が空を見ながら言った。
「だから、今度はもっと遠くまで飛ばす」煌生はレバーに手をかけた。
カウントが始まる。
「三、二、一!」
弾かれたグライダーは、夜空に向かって真っすぐ伸びた。光る翼が描く軌跡は、あの日と同じ北東の空を走っていく。
「きれい……」麻友の声が震えていた。
光はやがて遠くで小さく瞬き、星と同化するように消えた。
煌生は深く息を吸い込み、拳を握った。
「凪紗、届いたよ」
その言葉は風に消えたが、全員の胸にはしっかり響いていた。
帰り道、煌生はふと足を止め、夜空を見上げた。
あの日と同じ星図が広がっている。
(俺は逃げない。これからも、きっと)
手の中のノートに視線を落とし、ゆっくり歩き出した。
翌朝、教壇には凪紗のノートがコピーされ、クラス全員に配られた。
〈空は続いている。次は君が飛ぶ番〉
その文字を見て、誰もが顔を上げて空を見た。
窓の外には、今日も変わらない風と青空が広がっていた。
放課後の校庭に、煌生たちの笑い声が響いた。新しい翼の改良点を話し合いながら、彼らは手際よく片付けを進めていた。
「もう一回テストする?」真紀が尋ねる。
「いや、今日はここまでにしよう。十分だ」拓朗が答えた。
夕暮れの風が頬を撫で、遠くで蝉の声が途切れ途切れに聞こえる。
煌生は手を止め、空を見上げた。雲ひとつない高い空に、あの日の光景が重なった。
(凪紗、見てるか? 俺たち、また飛ばすよ)
胸の奥で小さな誓いをつぶやき、拳を握った。
その夜、煌生は机の上にノートを広げた。凪紗が残した言葉を何度もなぞり、深呼吸した。
「逃げない……そう決めたんだ」
その声は静かで、しかし揺るぎなかった。
窓の外には星空が広がり、涼しい夜風がカーテンを揺らしていた。
「今日、飛ばせる……」
小さくつぶやき、スマホを手に取ると、煌生からのメッセージが届いていた。
〈二十三時、屋上。北東の空を見ててくれ〉
その短い文を見て、凪紗は微笑んだ。
一方、煌生は学校の屋上でグライダーの最終チェックを行っていた。拓朗は発射台の角度を調整し、拓実はバッテリーの残量を確認している。
「光装置の点灯、問題なし」真紀が報告する。
「タイミング合わせもオーケー」麻友が腕時計を見ながらうなずいた。
皆の表情に緊張と期待が混じっていた。
「今日は絶対に成功させよう」
煌生の言葉に全員がうなずく。その声は静かだったが、強い決意が込められていた。
夜、病院の屋上庭園に凪紗は車椅子で運ばれていた。看護師が付き添い、「寒くない?」と声をかける。
「大丈夫。少しだけ、外の空気を感じたいんです」
そう答えた凪紗の頬には、ほんのり紅が差していた。
空には満天の星が広がっている。遠くで夏祭りの花火の音が聞こえた。
(間に合った……)
胸の奥で鼓動が高まり、手のひらに汗がにじむ。
一方の学校屋上。煌生は発射台の前に立ち、深呼吸をした。
「準備完了」拓朗の声。
「発射台固定、問題なし」拓実の報告。
煌生は皆を見回し、短く言った。
「いくぞ」
カウントが始まった。
「三、二、一……!」
レバーを引くと、グライダーは弾かれた矢のように宙へ飛び出した。
グライダーは夜空を滑るように飛び、翼に取り付けられた発光装置が白い軌跡を描いた。
凪紗が描いた星図どおり、光は北東の空へと吸い込まれていく。
その光景に、屋上の全員が息をのんだ。
「行った……!」真紀が声を上げる。
麻友は両手を握りしめ、涙ぐんでいた。
病院の屋上庭園でその光を見ていた凪紗の瞳が潤む。
「届いた……」
声は震え、頬を伝う涙を拭うことすら忘れていた。
光はやがて小さくなり、夜空に溶けていった。
煌生は息を吐き、仲間たちに向き直った。
「成功だ……」
その言葉に全員が歓声を上げ、拍手が響く。
同じ頃、病院の病室ではモニターが規則正しい音を刻んでいた。
凪紗はその音を聞きながら、胸の奥で静かな安心を感じていた。
(これで、やっと……)
指先に残る風の感触を思い出しながら、彼女はそっと目を閉じた。
煌生は病院に駆けつけ、窓辺で眠る凪紗を見つめた。
「なあ、見たか? 空を飛んだぞ」
その声に、凪紗は薄く笑みを浮かべたまま、静かにまぶたを閉じていた。
「ありがとう……」かすかに唇が動いた。
その瞬間、モニターの音が少しだけ緩やかになり、また一定のリズムに戻った。
煌生はそっと彼女の手を握った。
翌日、教室には凪紗の残したノートが置かれていた。
〈空は続いている。次は君が飛ぶ番〉
その一行に、クラス全員が息をのんだ。
煌生は窓の外を見上げ、昨日の光を思い出した。
「俺たちは飛んだんだ。もう逃げない」
その言葉に、拓朗たちは静かにうなずいた。
誰も声を出さなかったが、その沈黙は確かな約束になっていた。
昼休み、教室には凪紗の席だけが静かだった。机の上に置かれたノートの一文を、煌生は何度も読み返した。
〈空は続いている。次は君が飛ぶ番〉
その筆跡は力強く、最後まで諦めなかった気持ちが伝わってくる。
「なあ、これ……凪紗が書いたんだよな」
拓朗が低い声でつぶやいた。
「ああ。たぶん、あの日の夜に」煌生はノートに手を伸ばしたが、すぐに引っ込めた。触れれば涙がこぼれそうだった。
真紀は窓の外を見上げていた。空はどこまでも澄み、雲がゆっくり流れている。
「また、あの光を飛ばそうよ。今度は……私たちの手で」
その言葉に麻友が頷いた。
「嫌われ役でも何でもいい。私、準備する」
拓実も無言で拳を握り、机を軽くたたいた。
放課後、屋上に集まった四人は残った部品を広げた。
「設計はそのまま。けど、今度はもっと高く飛ばせるように改良しよう」煌生はペンを取り、ノートに新しい角度を書き込んだ。
「いいね。凪紗のために」拓朗が笑い、工具を手にする。
夕焼けが差し込む屋上に、金属音と笑い声が響いた。凪紗のいない空間は寂しかったが、誰も下を向いてはいなかった。
煌生は空を見上げながら、心の中でつぶやいた。
(見てるか? 今度は俺たちだけでやってみせる)
一週間後、完成した新しいグライダーが屋上に並んだ。以前よりも軽く、翼は風を切る形状に調整されている。
「凪紗が見たら、また笑うだろうな」真紀が空を見ながら言った。
「だから、今度はもっと遠くまで飛ばす」煌生はレバーに手をかけた。
カウントが始まる。
「三、二、一!」
弾かれたグライダーは、夜空に向かって真っすぐ伸びた。光る翼が描く軌跡は、あの日と同じ北東の空を走っていく。
「きれい……」麻友の声が震えていた。
光はやがて遠くで小さく瞬き、星と同化するように消えた。
煌生は深く息を吸い込み、拳を握った。
「凪紗、届いたよ」
その言葉は風に消えたが、全員の胸にはしっかり響いていた。
帰り道、煌生はふと足を止め、夜空を見上げた。
あの日と同じ星図が広がっている。
(俺は逃げない。これからも、きっと)
手の中のノートに視線を落とし、ゆっくり歩き出した。
翌朝、教壇には凪紗のノートがコピーされ、クラス全員に配られた。
〈空は続いている。次は君が飛ぶ番〉
その文字を見て、誰もが顔を上げて空を見た。
窓の外には、今日も変わらない風と青空が広がっていた。
放課後の校庭に、煌生たちの笑い声が響いた。新しい翼の改良点を話し合いながら、彼らは手際よく片付けを進めていた。
「もう一回テストする?」真紀が尋ねる。
「いや、今日はここまでにしよう。十分だ」拓朗が答えた。
夕暮れの風が頬を撫で、遠くで蝉の声が途切れ途切れに聞こえる。
煌生は手を止め、空を見上げた。雲ひとつない高い空に、あの日の光景が重なった。
(凪紗、見てるか? 俺たち、また飛ばすよ)
胸の奥で小さな誓いをつぶやき、拳を握った。
その夜、煌生は机の上にノートを広げた。凪紗が残した言葉を何度もなぞり、深呼吸した。
「逃げない……そう決めたんだ」
その声は静かで、しかし揺るぎなかった。
窓の外には星空が広がり、涼しい夜風がカーテンを揺らしていた。



