暁の導標と羅針盤の少女

 翌朝、航太は倉庫の中央に立ち、古文書の航路図を広げていた。緊張のせいか、手が少し震えている。それでも彼の目は真剣そのものだった。
  「……この航路図、百年前のものだけど、今の地形とほとんど変わってない」
  湊斗が地図を覗き込み、うなずく。
  「じゃあ、これをもとに進むルートを決めよう」
  航太は滑舌を気にしながらも、正確に航路図の内容を暗唱した。
  「こ、ここ……灯台から南に二百メートル。裂け目の入口を通過して……潮の心臓まで、二十五分」
  柚は思わず感嘆の声を上げた。
  「航太、全部覚えてるの?」
  「……覚えてる」彼は少し顔を赤くしながらも胸を張った。
  千愛が航太の肩を軽く叩く。
  「頼もしいよ。私たちの命綱だね」
  ドリューも頷き、タブレットに航路を入力した。
  「このデータを使えば、ナビゲーションも完璧だ」
  午前中は地図と現場データの照合作業に費やされた。カロリーナは再びドローンを飛ばし、海面から裂け目付近を撮影。可奈子は補助ロープと器材の配置を最終確認した。
  「準備万端ね」可奈子が微笑むと、湊斗は全員を見回した。
  「明日の朝、テスト潜航を行う。本番さながらのルートで、時間通りに進めるかを確認しよう」
  柚はペンダントを胸に押し当てた。針は相変わらず灯台と裂け目の方向を指している。
  ――これは導いてくれているんだ。私たちが正しい道を進めるように。


 翌朝、港の空は薄い雲に覆われていたが、海は静かだった。テスト潜航には絶好の条件だ。柚たちは器材を整え、ボートに乗り込んだ。
  「時間通りに動こう。二十五分以内に《潮の心臓》のある海底地形まで行けるか確認する」湊斗が全員を見渡す。
  航太は少し緊張している様子だったが、航路の説明を始めた。
  「裂け目入口を抜けたら、南東に十メートル進んで右。そこから二十五メートル潜行して……」
  柚は航太の声を聞きながら、ペンダントをそっと握った。
  潜航開始。冷たい海水が体を包み、視界が青に染まる。柚はゆっくりと呼吸を整え、ロープをたぐりながら裂け目を通過した。潮流は弱く、訓練の成果が出ているのか、恐怖はなかった。
  海底には奇妙な岩の並びがあり、航太が事前に暗記した通りの目印が次々と現れる。ドリューが水中用の端末で時間を計り、カロリーナがカメラで記録する。千愛は後方から皆の動きを確認し、安全を確保していた。
  ――ペンダントが微かに光っている。
  柚は胸元の輝きを感じながら、ただひたすら前に進んだ。
  やがて目の前に広がったのは、青白く輝く大きな空間だった。海底にぽっかりと開いたホール、その中心に不思議な結晶のようなものがある。
  「これが……《潮の心臓》」湊斗が小さく呟いた。
  予定通り二十五分以内で到達。全員が互いに視線を交わし、うなずいた。これで本番の潜航に希望が見えた瞬間だった。


 《潮の心臓》を確認した一行は、浮上の合図を交わし、来た道を戻り始めた。潮の流れは予想よりも穏やかで、事前に計画した安全ルートが生きていた。柚は胸元のペンダントをそっと握りしめ、灯台守の映像を思い出していた。
  ――私たちが必ず封印を守る。
  その誓いに呼応するかのように、ペンダントがほのかに光を放った。
  浮上すると、ボートの上で可奈子が待っていた。
  「おかえり! どうだった?」
  「予定通り二十五分以内で到着した」湊斗が報告すると、全員の顔に安堵の笑みが浮かんだ。
  港に戻った後、湊斗はホワイトボードに到達時間と課題点を書き込んだ。
  「入口付近の潮が午後になると強まる。だから本番は朝一番で行くべきだ」
  航太が真剣な表情でうなずく。
  「……潮のデータも一致してる」
  「よし、このルートで決定だ」湊斗は皆を見回した。「次はいよいよ本番の封印作業だ」
  柚はペンダントを胸に押し当て、灯台の方角を見つめた。
  ――もう迷わない。これが私たちの進む道。
  夕焼けの港は静かで、波の音だけが耳に届く。その音は、次の挑戦に向かう仲間たちを励ましているかのようだった。