暁の導標と羅針盤の少女

 翌日の午後、可奈子は港湾局の事務所に立っていた。カウンターの奥では係員が書類を整理しており、冷房の効いた室内は外の夏の熱気とは対照的にひんやりとしている。
  「この申請書、確かに受け取りました。ただ……」係員は書類から顔を上げ、困ったように言った。「内容が特殊すぎますね。海底遺跡調査なんて、前例がありませんよ」
  可奈子は深く頭を下げた。
  「町を守るために必要なんです。どうか協力をお願いします」
  横にいた貴史が一歩前に出て、柔らかな声で補足する。
  「この計画は町議会も了承しています。安全管理には僕たちが責任を持ちます」
  その落ち着いた声色に係員の表情が和らいだ。
  「……分かりました。特別に許可します。ただし記録は必ず残してください」
  「ありがとうございます!」可奈子の顔に安堵の笑みが広がった。
  一方そのころ、港の倉庫では千愛が仲間たちに潜水訓練の指示を出していた。
  「今日は持久力を重視するよ。目標は二十分以上の潜水維持!」
  「え、二十分?」柚は思わず声を上げた。
  「無理そうに聞こえるけど、慣れればできる。安全第一で行くよ」
  湊斗は笑いながら肩を叩いた。
  「大丈夫、君ならできるさ」
  訓練を終えると、可奈子と貴史が許可証を手に戻ってきた。
  「見て、ちゃんと許可が下りたよ!」可奈子が笑顔で掲げると、全員から拍手が上がった。
  柚はペンダントをそっと握り、光を確かめた。針は灯台の方向を示したまま揺るがない。
  ――準備が整っていく。きっとこれは正しい道なんだ。


 その夜、港の倉庫には軽い疲労感と達成感が入り混じった空気が漂っていた。机の上には取得した許可証が置かれ、全員がそれを囲んでいた。
  「これで堂々と潜れるな」湊斗が笑顔を見せる。
  「ただし、油断は禁物だよ」貴史が穏やかに続けた。「書類は通ったけど、海は危険と隣り合わせだから」
  その言葉に可奈子が力強く頷く。
  「だからこそ、私たちで安全をしっかり守らないとね」
  千愛がホワイトボードに翌日の予定を書き込んだ。
  「明日は潜水持久訓練の仕上げと器材チェック、午後は潜航ルートの最終確認ね」
  ドリューが手を挙げて言った。
  「潮流計測は僕が担当する。新しいセンサーも持ってきたから」
  カロリーナはにっこりと笑い、タブレットを掲げた。
  「私もドローンを使って再度入口付近を撮影するわ」
  柚は皆の会話を聞きながら、ペンダントを取り出した。光は弱まることなく灯台の方向を指している。
  「ねえ、これってやっぱり何かを導いてるのかな……」
  湊斗がペンダントをじっと見て答えた。
  「導標(しるべ)だよ。おそらく遺跡と関わってる。このペンダントが反応してるうちに、遺跡にたどり着かないといけない」
  柚は深く息を吸い込み、頷いた。
  ――私、絶対にやり遂げる。
  倉庫を出ると夜風が心地よかった。海の向こうに灯台が影となって浮かび上がり、月明かりが海面に道を作っている。柚はその光景をしばらく見つめた後、小さく呟いた。
  「待ってて。必ず守るから」


 翌朝、港には早くも全員が集まっていた。前日よりも表情が引き締まっているのは、正式な許可を得て本格的な潜航準備に入ることが決まったからだ。
  「今日が勝負だな」湊斗がホワイトボードを指し示す。「午前は持久訓練と器材最終確認、午後はルート確認とシミュレーションだ」
  千愛が前に出て声を張った。
  「昨日よりも厳しい訓練になるけど、みんなついてきて!」
  訓練は過酷だった。潮の強い時間帯を選び、負荷をかけた潜水を繰り返す。柚は息を切らしながらも、仲間の顔を思い浮かべて最後まで潜り続けた。ドリューは潮流計測を行い、カロリーナはドローンで入口付近の安定性を再確認した。
  午後のシミュレーションでは、全員が本番同様の動きを再現した。ペンダントは終始淡く光を放ち、柚の胸元で揺れている。
  「これは……急げってことだな」湊斗が真剣に呟く。
  柚は拳を握りしめた。
  「絶対に間に合わせる」
  夕暮れ、港の空は茜色に染まり、海面が金色に輝いた。訓練を終えた仲間たちの顔には疲労と達成感が入り混じっている。
  「よくやったな、みんな」貴史の落ち着いた声が響いた。「これで本番に臨める」
  可奈子は許可証を再度掲げて言った。
  「これが私たちの切符だね」
  柚はペンダントを握り、静かに誓った。
  ――この仲間たちと一緒に、町を守る。絶対に。