暁の導標と羅針盤の少女

 翌朝六時、港にはすでに湊斗が待っていた。潮の香りと波音に包まれた静かな朝。柚が到着すると、すぐに残りのメンバーも集まってきた。貴史は手に温かい飲み物を、千愛はバドミントンの練習後らしい汗を拭きながら、航太は分厚いファイルを抱え、可奈子は港湾局から借りた書類を持参していた。ドリューとカロリーナは興奮気味でカメラを持ち、海の方を指差して何やら話している。
  湊斗はホワイトボードを車から降ろし、ペンを走らせた。
  「じゃあ、まず今日の目標。遺跡の正確な位置を確認し、潜航に必要な条件を洗い出すこと。そして――」
  彼は柚を見た。
  「柚の記憶している灯台の構造をみんなで共有する」
  柚は頷き、昨日覚えた図面を紙に書き出した。廊下の曲がり角や地下への階段、そして鍵付きの資料室の位置まで正確に描かれている。
  「これなら灯台の奥にある資料室に入れるかもしれない」
  千愛が食い入るように図面を見つめる。
  「でも、あそこは普段立ち入り禁止じゃない?」
  可奈子が心配そうに言うと、貴史が笑って肩をすくめた。
  「目的が町を救うことなら、きっと理解してくれるさ」
  安心感を与える声に、可奈子も少しだけほっとした顔を見せた。
  その後、航太が滑舌を気にしながらも潮流データを正確に読み上げた。
  「今週末は南東からの潮が強い。遺跡周辺の潜航は難しいけど、灯台側からの接近なら……」
  カロリーナが勢いよく手を挙げた。
  「じゃあ今日の午後、灯台に行って調べましょう!」
  その大胆な提案に、ドリューも頷く。
  「僕も賛成。新しい視点を得られるのは楽しみだ」
  午前中の準備を終え、一行は昼過ぎに灯台へ向かった。海辺の小道を進むと、潮風に混じって草の香りが漂う。古い石造りの灯台は、長い年月を感じさせる風貌で海を見下ろしている。柚の胸が高鳴った。
  扉は固く閉ざされていたが、湊斗が町役場で取り付けた許可証を見せると、管理人が渋々鍵を渡した。
  「中は危ないから気をつけなよ」
  管理人の声に一同が頷き、灯台の中へと入った。
  内部はひんやりとしており、石壁には苔がわずかに付着していた。柚は先頭に立ち、記憶の通りに奥へ進む。地下への階段を下り、突き当たりにある扉の前で立ち止まった。
  「ここ……だと思う」
  ペンダントが小さく光った。
  湊斗が鍵を差し込み、ゆっくりと扉を開けると、そこには古文書の棚が並んでいた。埃の匂いとともに歴史の重みが押し寄せる。


 資料室の中は薄暗く、古びた棚に巻物や革表紙の帳簿が整然と並んでいた。カロリーナが思わず声を上げる。
  「わあ……まるで映画みたい!」
  ドリューは慎重に棚を調べ、埃を払って古文書を一冊取り出した。
  「これは……百年前の日誌だ。灯台守が書いたものみたいだね」
  柚はペンダントを握りしめながら、一冊一冊を丁寧に調べていった。すると、金の留め具がついた分厚い本に目が止まった。表紙には波と羅針盤の紋章が刻まれている。
  「これ……見覚えがある」
  柚はそっと開いた。中には遺跡の詳細な地図や、封印に関する記述が細かい文字でびっしりと書かれていた。
  湊斗が覗き込み、目を細める。
  「……《暁の導標》の封印手順、だな。これが失われてたから遺跡は放置されてたんだ」
  「封印って、どうやるの?」千愛が身を乗り出す。
  「ここを見て」柚は図面を指さした。
  「遺跡の中心にある《潮の心臓》っていう水晶を調律することで封印が成立するって……でも、調律には特殊な呪文と道具がいるみたい」
  航太がメモを取りながら口を開いた。
  「呪文なら、ぼく……正確に覚えられる」
  言葉が少し途切れたが、その決意は誰の耳にも届いた。
  可奈子が周囲を見回し、小さくため息をついた。
  「こういうの、私たちだけでやっちゃって大丈夫なのかな」
  貴史が柔らかい声で答えた。
  「君がそう思うのは当然さ。でも僕たちがやらなきゃ、この町は危険なんだろう? だったらやるしかないよ」
  しばらくの沈黙の後、カロリーナが両手を叩いた。
  「じゃあ、やるしかないってことで決定ね!」
  その明るさに皆が笑い、重い空気がふっと軽くなる。
  湊斗は本を閉じて大切そうに抱えた。
  「この古文書を写し取ろう。原本はここに置いておくべきだ」
  ドリューがノートとペンを用意し、柚と千愛も手分けして作業を始めた。
  数時間後、必要な部分を写し終えた一行は資料室を後にした。
  灯台の外に出ると、海は午後の日差しに輝き、遠くでカモメが鳴いていた。柚は深呼吸し、ペンダントを握った。
  「おばあちゃん……私たち、必ず封印を守るから」
  その時、ペンダントが微かに震え、青い光を放った。仲間たちもそれに気づき、思わず顔を見合わせる。湊斗が低く言った。
  「やっぱり、このペンダントが鍵なんだ」


 港への帰り道、全員の足取りは自然と速くなっていた。手に入れた情報が、この先の行動を変えると分かっていたからだ。
  途中、千愛がぽつりとつぶやいた。
  「八月末までに封印を終えないと、この町が危ないんだよね」
  湊斗は頷いた。
  「ああ、古文書には《八月三十日正午まで》って書いてあった。期限を過ぎると潮流が暴走する可能性がある」
  「暴走……?」可奈子の声がかすかに震えた。
  ドリューが落ち着いた声で続ける。
  「大渦だ。海流が一点に収束して海底地形を変えるほどの力になる。町の港も無事では済まない」
  重苦しい沈黙が流れたが、貴史が前を向いたまま柔らかな声を出した。
  「でも、僕たちには柚とペンダントがある。古文書も手に入れた。だからきっと大丈夫さ」
  その言葉は不安を少しだけ和らげた。
  港に戻ると、湊斗がホワイトボードに新しい計画を記した。
  「今後三十日間で、潜航技術を磨き、調律道具を用意し、呪文を完全に覚える。そして遺跡に到達して封印する」
  カロリーナが勢いよく手を挙げた。
  「じゃあ私、入口探しと安全ルートの確認をやる!」
  航太は頷き、手にしていた航路図を広げた。
  「ぼくは……呪文を覚える。それと、潮流データもまとめる」
  千愛はきっぱりと言った。
  「私はみんなの潜水技術を上げる。責任もって教えるから!」
  可奈子は苦笑しつつも手を挙げた。
  「じゃあ、私は港湾局や町内会に掛け合って、器材を借りてくる」
  貴史はにっこり微笑み、温かな声で締めくくった。
  「それじゃあ僕は全体の調整役をやらせてもらおう。みんなを支えるのが一番の役目だからね」
  柚はそんな仲間たちを見渡し、胸の奥が熱くなるのを感じた。祖母が遺したペンダントは、ただの形見ではなかった。未来を託された証だったのだ。
  「よし、やろう!」
  その一言に全員の声が重なった。
  海辺の空は夕焼けに染まり、遠くの灯台が静かに影を落としていた。柚はペンダントを握り、強く心に誓った。
  ――必ず封印を成功させる。そして、みんなで無事に夏を終える。