暁の導標と羅針盤の少女

 本番当日。朝の港は緊張した空気に包まれていた。波は穏やかだが、海の奥底でうごめく潮流は、これまでのシミュレーション以上に厳しいことが予想されている。
  湊斗が全員に視線を向けた。
  「今日が勝負だ。訓練の成果を信じて、絶対に安全第一で行こう」
  柚は深呼吸してうなずいた。
  ――もう怖くない。仲間がいるから。
  器材を積んだ船が港を出ると、海はどこまでも広がり、灯台が遠ざかっていく。柚は胸元のペンダントを握った。針は裂け目の方向を示し続けている。
  「ペンダントがまた光ってる……」
  ドリューが計器を確認し、声を上げた。
  「潮流の速度が予想より早い。通常ルートだと危険かもしれない」
  カロリーナが即座に反応した。
  「なら、予備ルートを使う?」
  湊斗は短く考え、決断した。
  「いや、今回は正面から突破する。時間をかける方が危険だ」
  千愛が潜水準備を整え、航太が潮流データを読み上げる。
  「……南東方向に時速五キロ。三分後に流れが弱まるタイミングがある」
  「そのタイミングを逃すなよ」湊斗の声に全員がうなずいた。
  柚は胸が高鳴るのを感じた。
  ――これが私たちの戦い。逃げない。


 潜水開始の合図とともに、柚たちは次々と海中に飛び込んだ。冷たい海水が体を包み、視界は青く揺らめく。
  柚はペンダントを握り、針の示す方向に体を向けた。湊斗が前方で合図を送り、全員がその後を追う。
  潮流は予想以上に強かった。体が横に流されそうになるのを、ロープとフィンを使って必死に進む。
  ――負けない! この流れに負けたら、封印までたどり着けない。
  千愛が横で声をかけてくる。
  「柚、呼吸を一定に! 焦らないで!」
  柚はうなずき、呼吸を整えた。
  航太のデバイスが潮流の変化を示し、ドリューがハンドサインで指示を送る。
  「今だ、右へ寄れ!」
  全員が一斉に方向を変え、裂け目へと進路を取った。
  カロリーナは後方でドローンを操作し、潮流の動きをリアルタイムで解析していた。
  「流れが少し弱まった! 今のうちに突破できる!」
  その声に合わせ、柚たちは一気にフィンを蹴った。
  裂け目の入口にたどり着いた瞬間、柚のペンダントが強く光った。
  ――この先に封印がある。必ず守らなきゃ。


 裂け目の内部は思ったより狭く、岩肌に体をぶつけないよう細心の注意を払う必要があった。湊斗が先頭で進み、柚はそのすぐ後ろをついていく。ペンダントはさらに強い光を放ち、進むべき方向を示していた。
  潮流は入口付近でさらに加速したが、千愛が持ってきた補助ロープが役立った。全員がロープを頼りに進むことで、流れに逆らいながらも少しずつ奥へと入っていった。
  「もう少しで安定したエリアに出る!」ドリューがハンドサインで示す。
  カロリーナが後方で合図を返した。
  全員が最後の力を振り絞り、ついに潮の緩やかな空間にたどり着いた。そこは広々としたホールのような場所で、遠くの岩肌が青く光っている。
  柚はペンダントを握り、心の中で誓った。
  ――必ず、ここを守る。
  浮上後、船上で待っていた可奈子が全員を迎えた。
  「おかえり! みんな無事?」
  湊斗が笑みを浮かべて頷く。
  「大丈夫だ。潮流は厳しかったけど、予定通り突破できた」
  港に戻る船上で、柚はペンダントを見つめ続けた。光はまだ弱く明滅している。
  ――次は封印だ。準備は整った。