──ピピピッ、ピピピピッ。
今日もきっちり7時半。
スマホのアラームを止めたご主人様が、シャツを羽織りながら化粧台の椅子に座った。
手早くベースメイクとアイメイクを済ませると、クリアケースの引き出しが開けられて。
「今日は……君と、君にしようかな」
ひょいひょいと2本手に取ったご主人様。
リップクリームで保湿すると、繰り出した私の身をそっと唇にあてがった。
ポンポンと押しつけたり、時にフェザータッチだったり。
角度を変えながらゆっくりと滑らせていく。
「ん。いい感じ」
赤く色づいた唇が緩やかな弧を描いた。
鏡に向かって微笑む姿に、トクンと胸がときめきの音を立てる。
あぁ、今日も素敵。
無防備な寝起き姿も最高だけど、身支度中はまた一味違った表情を見せてくれるのよね。
指先で口の端を拭う仕草すらも色っぽくてクラクラしちゃう。
でも、ご主人様の魅力はそれだけではなくて……。
「よし。取れた」
白く柔らかいものが私の身体を優しく掠めた。
ご主人様はとっても綺麗好き。
毎日の部屋の掃除はもちろん、週に1度、パッケージから収納まで丸ごと洗浄していて。
こんなふうに口づけを交わした後は、毎回唾液を拭き取ってくれている。
ご主人様のお友達によると、『いつまでも綺麗でいてほしいから』なんですって。
お顔だけでなく心まで美しいなんて。
天は二物を与えずということわざがあるけれど、ご主人様の場合は2つどころか3つも4つも与えられていると思う。
あどけない少年から凛々しい青年へと変わっていく様子を愉しんでいたら、突然、部屋のドアがガチャッと開いた。
「なおー、トップコート貸してー」
ノックも許可もなく、ズカズカと入ってくると、勝手に化粧台を漁り始めた。
握手しただけで相手を切りつけそうな長く尖った爪。
吐き気を催すほどの甘ったるくくどい香り。
……ほんと、見た目を着飾ることしか能がないのね。それでいて礼儀もなってない。
普通なら借りた後は元の場所に戻すのに、テーブルの上に出しっぱなし。片づけよりもご自慢の爪に夢中で、フーフーと息を吹きかけている。
品性の欠片もない姿に軽蔑の念を送っていると、人工的なグレーの瞳がふとこちらを見た。
「相変わらずきっちりしてるねー」
「週に1回水拭きしてるからな」
「毎週やってんの? えぐっ。私なんて年1やるかやらないかなのに。ってかこの子可愛いー」
悪寒がした直後、引き出しが開けられた。
清潔感とは程遠い手が近づいてくる。
「綺麗〜! めちゃめちゃタイプなんだけど!」
「うるせぇな。つーか勝手に出すなよ」
「いいじゃん、ちょっとくらい。いくらだった? 1000円? 2000円?」
汚い汚い汚い汚い触るな触るな触るな触るな。
いくらご主人様と血が繋がっていても、お前に使われるなら捨てられるほうがマシ。廃棄されるほうがマシだ。
拒絶していることもつゆ知らず、女は恍惚とした眼差しで眺めている。
すると、何を思ったのか、ニヤついた表情でさらに私の身を露わにして……。
「どんな感じか1回試してみよっと」
「バカっ、やめろ! 汚いだろ!」
「はぁ!? 失礼ね! ちょっと手の甲に塗るだけよ!」
「それが汚いって言ってるんだよ!」
危険を顧みず、奪い返してくれたご主人様。
しかし、安堵したのもほんの一瞬。勢い余ったせいか、私の身体はご主人様の手をすり抜けてしまった。
全身に衝撃が走ると同時に、ゴトッと鈍い音が響く。
「おまっ……何してくれてんだよ!」
「ごめんって。また買えばいいじゃん」
「限定色なんだよ!」
目の色を変えて怒号を飛ばすご主人様。
それもそのはず。
蓋は無事な反面、本体には擦り傷がついて。
フローリングには、真っ二つに折れた赤い身が転がっているのだから。
「最悪……。まだ1ヶ月しか使ってないのに……」
本体と一緒に、引き裂かれたもう1つの身体をティッシュですくい取られた。
「ごめんな……」
泣かないで。顔を上げて、ご主人様。
あなたに出会えて良かった。短い間だったけど、あなたと過ごせて嬉しかった。
次はうがい薬か歯ブラシ……あぁ、ボディソープかボディクリームでもいいな。
ご主人様の口の中を隅々まで撫で回して、頭から爪先まで私の全てで満たしたい。
大丈夫。きっとまたすぐに会える。何度だって生まれ変わってみせる。
あなたの命が尽きるまでは、地球のどこにいたって追い続けるわ。
愛するご主人様の手の中で、眠るように意識を手放した。
END
今日もきっちり7時半。
スマホのアラームを止めたご主人様が、シャツを羽織りながら化粧台の椅子に座った。
手早くベースメイクとアイメイクを済ませると、クリアケースの引き出しが開けられて。
「今日は……君と、君にしようかな」
ひょいひょいと2本手に取ったご主人様。
リップクリームで保湿すると、繰り出した私の身をそっと唇にあてがった。
ポンポンと押しつけたり、時にフェザータッチだったり。
角度を変えながらゆっくりと滑らせていく。
「ん。いい感じ」
赤く色づいた唇が緩やかな弧を描いた。
鏡に向かって微笑む姿に、トクンと胸がときめきの音を立てる。
あぁ、今日も素敵。
無防備な寝起き姿も最高だけど、身支度中はまた一味違った表情を見せてくれるのよね。
指先で口の端を拭う仕草すらも色っぽくてクラクラしちゃう。
でも、ご主人様の魅力はそれだけではなくて……。
「よし。取れた」
白く柔らかいものが私の身体を優しく掠めた。
ご主人様はとっても綺麗好き。
毎日の部屋の掃除はもちろん、週に1度、パッケージから収納まで丸ごと洗浄していて。
こんなふうに口づけを交わした後は、毎回唾液を拭き取ってくれている。
ご主人様のお友達によると、『いつまでも綺麗でいてほしいから』なんですって。
お顔だけでなく心まで美しいなんて。
天は二物を与えずということわざがあるけれど、ご主人様の場合は2つどころか3つも4つも与えられていると思う。
あどけない少年から凛々しい青年へと変わっていく様子を愉しんでいたら、突然、部屋のドアがガチャッと開いた。
「なおー、トップコート貸してー」
ノックも許可もなく、ズカズカと入ってくると、勝手に化粧台を漁り始めた。
握手しただけで相手を切りつけそうな長く尖った爪。
吐き気を催すほどの甘ったるくくどい香り。
……ほんと、見た目を着飾ることしか能がないのね。それでいて礼儀もなってない。
普通なら借りた後は元の場所に戻すのに、テーブルの上に出しっぱなし。片づけよりもご自慢の爪に夢中で、フーフーと息を吹きかけている。
品性の欠片もない姿に軽蔑の念を送っていると、人工的なグレーの瞳がふとこちらを見た。
「相変わらずきっちりしてるねー」
「週に1回水拭きしてるからな」
「毎週やってんの? えぐっ。私なんて年1やるかやらないかなのに。ってかこの子可愛いー」
悪寒がした直後、引き出しが開けられた。
清潔感とは程遠い手が近づいてくる。
「綺麗〜! めちゃめちゃタイプなんだけど!」
「うるせぇな。つーか勝手に出すなよ」
「いいじゃん、ちょっとくらい。いくらだった? 1000円? 2000円?」
汚い汚い汚い汚い触るな触るな触るな触るな。
いくらご主人様と血が繋がっていても、お前に使われるなら捨てられるほうがマシ。廃棄されるほうがマシだ。
拒絶していることもつゆ知らず、女は恍惚とした眼差しで眺めている。
すると、何を思ったのか、ニヤついた表情でさらに私の身を露わにして……。
「どんな感じか1回試してみよっと」
「バカっ、やめろ! 汚いだろ!」
「はぁ!? 失礼ね! ちょっと手の甲に塗るだけよ!」
「それが汚いって言ってるんだよ!」
危険を顧みず、奪い返してくれたご主人様。
しかし、安堵したのもほんの一瞬。勢い余ったせいか、私の身体はご主人様の手をすり抜けてしまった。
全身に衝撃が走ると同時に、ゴトッと鈍い音が響く。
「おまっ……何してくれてんだよ!」
「ごめんって。また買えばいいじゃん」
「限定色なんだよ!」
目の色を変えて怒号を飛ばすご主人様。
それもそのはず。
蓋は無事な反面、本体には擦り傷がついて。
フローリングには、真っ二つに折れた赤い身が転がっているのだから。
「最悪……。まだ1ヶ月しか使ってないのに……」
本体と一緒に、引き裂かれたもう1つの身体をティッシュですくい取られた。
「ごめんな……」
泣かないで。顔を上げて、ご主人様。
あなたに出会えて良かった。短い間だったけど、あなたと過ごせて嬉しかった。
次はうがい薬か歯ブラシ……あぁ、ボディソープかボディクリームでもいいな。
ご主人様の口の中を隅々まで撫で回して、頭から爪先まで私の全てで満たしたい。
大丈夫。きっとまたすぐに会える。何度だって生まれ変わってみせる。
あなたの命が尽きるまでは、地球のどこにいたって追い続けるわ。
愛するご主人様の手の中で、眠るように意識を手放した。
END



