七月二十四日、町公民館の多目的ホール。署名活動の途中経過を報告するために集まったのは、町内会の役員や地域の若者たちだった。
  「梨奈、準備はできてる?」凪桜が心配そうに声をかける。
  「大丈夫。論理は武器だから」梨奈はタブレットを握りしめ、緊張を隠さずに答えた。
  ステージに立つと、会場は静かになった。梨奈はスクリーンに映し出した図を指し示しながら、落ち着いた声で話し始めた。
  「こちらはセレスティック開発が計画している海底掘削の位置図です。ご覧の通り、活断層直上に掘削予定地があります。このままでは地震や津波を誘発する可能性があるのです」
  会場にざわめきが広がる。梨奈は続けた。
  「しかし、工事を止めるには感情的な訴えだけでは不十分です。数字と資料で裏付ける必要があります」
  彼女は津波シミュレーションのグラフを示し、最悪の被害範囲を説明した。子どもたちにも分かるように簡単な図を用い、被害想定と避難計画を丁寧に解説する。
  「だからこそ、私たちは声を上げる必要があります。あなたの署名一つが、町を守る力になるんです」
  沈黙のあと、年配の役員がゆっくりと拍手した。次々と拍手が広がり、会場全体を包み込む。
  凪桜はその光景を見て、胸が熱くなった。彼女自身は腕輪という“特別な力”を持っているが、梨奈のように“言葉で人を動かせる力”はない。
  「梨奈、すごいよ……」
  プレゼンを終えた梨奈は、少し赤くなった顔で笑った。「でもこれは始まりにすぎない。まだまだ集めなきゃ」
  五人の決意は一層強くなり、公民館の外に出ると潮風が頬を撫でた。腕輪は静かに光り、凪桜の胸で小さく脈打っていた。