翌朝七時。夏の日差しが港の海面を白く照らしていた。漁港の桟橋では、船のエンジン音とカモメの鳴き声が交錯し、朝市へ向かう漁師たちの声が響いている。
  凪桜は、桟橋の先端で待っていた大河に駆け寄った。彼はいつものように穏やかな表情で釣り竿を片付けていたが、凪桜の顔色を見て眉をひそめた。
  「どうした? なんか……寝てない顔してるぞ」
  凪桜は昨夜のことを一気に話した。旧灯台で見つけた腕輪のこと、突風に巻かれて落下したのに無傷だったこと、そして聞こえた謎の声。言いながら、頭のどこかで「信じてもらえないだろう」と思っていた。
  しかし大河は驚きつつも否定せず、むしろ真剣に耳を傾けた。
  「……誰にも言うなって言われた?」
  「うん。……怖いけど、これを見てほしい」
  凪桜が腕輪を差し出すと、大河はじっと観察した。指先で軽く触れた瞬間、微かに風が二人を撫でた。
  「気のせいかもしれないけど……今、風が強くなったな」
  「やっぱり、何かおかしいよね?」
  大河は少し黙った後、はっきりと頷いた。
  「凪桜、一人で抱え込むな。俺も一緒に調べる。何かあったら、ちゃんと俺に話せ」
  その言葉に、凪桜の胸が少しだけ軽くなった。
  「ありがとう、大河……」
  「ただ、これ秘密な。変な噂になる前に、ちゃんと確かめたい」
  二人は視線を合わせ、静かにうなずき合った。腕輪がわずかに温かく光り、海風が優しく吹き抜けていった。
  このとき大河はまだ知らなかった。凪桜の力だけでなく、町全体を巻き込む出来事に自分が深く関わっていくことを。