七月三十一日、港町では毎年恒例の夏祭りが予定されていた。しかし今年は、掘削船の存在と避難勧告の影響で中止が決まっていた。
  「町が、こんなに静かなの……初めてだね」凪桜は夕暮れの港を見渡しながらつぶやいた。
  祭りの中止を告げる貼り紙が波止場のあちこちに貼られ、人影はまばらだ。提灯だけが虚しく風に揺れている。
  そのとき、不意に腕輪が温かく光った。潮騒に混じり、少女の歌声が聞こえた気がする。——汐里の声だ。
  「……歌ってほしいの?」凪桜は小さく笑い、波止場の階段に腰を下ろした。
  大河がギターを持って近づく。「伴奏、いる?」
  「うん、一緒に」
  港の静けさを破るように、凪桜の歌声が響いた。汐里が妹に歌っていた子守唄を、記憶のままに口ずさむ。大河が優しい音を重ねると、通りかかった町の人々が足を止めた。
  「これ……昔の歌じゃないか?」年配の漁師がつぶやき、静かに涙を拭った。やがて拍手が起こり、人々は自然と集まり始める。祭りはなくとも、そこには町の心があった。
  歌い終えた凪桜に、大河が微笑んだ。「ありがとう。町の人たち、きっと少し元気になったよ」
  凪桜も頷き、腕輪にそっと触れた。「汐里、聞いてくれた?」
  その瞬間、優しい風が吹き抜けた。——嵐は明日来る。でも、今はこの温かな一体感を胸に刻んでおきたかった。