潮風の腕輪と海守り隊の夏

 七月二十日、放課後の宮海中学校。部活見学を終えた凪桜は、吹奏楽部のサックスの音色が耳に残ったまま、海沿いの坂道を下っていた。校舎から港までは十五分ほど。夕暮れの潮風が肌を撫で、髪を揺らす。
  旧灯台へ続く遊歩道に差し掛かると、海鳥の鳴き声と波音が一層強く響いた。小さいころは友だちとここでよく遊んだが、今では誰も寄り付かない。修繕もされておらず、床板はささくれ立ち、金属製の扉は塩で錆びている。
  「懐かしいな……」
  凪桜は軽い気持ちで扉を押し開けた。潮の匂いと古い木の匂いが混ざり合った独特の空気が流れ込む。薄暗い内部に足を踏み入れると、床に小さな光が反射した。目を凝らすと、それは銀色の腕輪だった。
  拾い上げた瞬間、どこからともなく強い突風が吹き抜けた。窓は閉まっているのに、まるで嵐の中にいるような風圧だ。バランスを崩した凪桜は、足元の板が腐っているのに気付く暇もなく、三メートル下の貯蔵室へと落下した。
  「きゃあっ!」
  衝撃がくるはずだった——なのに、痛みはなかった。ふわりと風に支えられたように着地していた。両手の中の腕輪は淡く光り、静かに震えている。
  「今……何が……?」
  膝が震えた。自分の身体に起こった異変と、腕輪が発する微かな温もり。その二つに、凪桜はただ呆然と立ち尽くした。
  日が落ちかけた灯台を出て、自宅までの道を歩く足取りは重かった。何度も腕輪を外そうとしたが、するりと滑って外れない。肌に吸い付いているかのようだった。
  夜。布団に入っても眠れず、ただ天井を見つめていた。そのとき——耳元で誰かが囁いた。
  『……誰かを……守って』
  飛び起きて辺りを見回す。しかし部屋には誰もいない。代わりに腕輪が淡く発光し、まるで心臓の鼓動に合わせるように脈打っていた。
  「誰かを……守る……?」
  理解できない言葉に胸がざわつく。怖さよりも、なぜか温かいものが胸に広がる感覚に戸惑いながら、凪桜は再び布団に潜り込んだ。しかし眠りは浅く、腕輪の光が瞼の裏でちらつき続けていた。
  この夜が、普通の中学生だった凪桜を“強い誰か”へと変える始まりだと、まだ彼女は知らない。