朝の光が差し込む教室で、真由は窓際に座っていた。
  健心がそっと近づき、声をかける。
 「……おはよう、真由」
  彼女は振り向き、首をかしげた。
 「えっと……私たち、知り合い?」
  胸が締め付けられる。けれど健心は笑って答えた。
 「そうだよ。少しだけ、昔からの友達だ」
  真由は首をかしげたまま、じっと健心を見つめる。
  その視線には疑いではなく、初めて出会った人への純粋な興味があった。
 「ふーん……なんだか、懐かしい感じがする」
  その一言に、健心の胸が熱くなる。
 「……じゃあ、もう一度やり直そうか。はじめまして、健心です」
  真由は小さく笑って、手を差し出した。
 「はじめまして、真由です」
  和希と早苗が教室に入ってきた。
 「どう? 記憶はまだ戻らない?」
  健心は肩をすくめた。
 「完全に白紙だ。でも、笑ってるからいい」
  早苗は微笑んだが、その奥には複雑な感情が見えた。
 「でも油断はできない。時間の歪みはまだ完全には消えていないの」
 「え……まだ続いてるの?」
 「うん。菜々が正気に戻ったおかげで崩壊は止まったけど、断層の一部は残ってる」
  そこへ菜々が現れた。以前のような冷たい気配はなく、穏やかな笑みを浮かべている。
 「……ありがとう。私を戻してくれて」
  彼女は頭を下げると、真由の前に立った。
 「あなたの記憶を完全に取り戻す方法、見つけるから」
  真由は少し戸惑い、それでも笑った。
 「ありがとう。でも、無理しないでね」
  その瞬間、懐中時計が光を放ち、真由の腕の紋様がうっすらと浮かんだ。
  将吾がどこからともなく現れ、静かに言った。
 「これは……記憶を完全に失ったわけじゃない。深いところで繋がっている」
  健心は真由の手を握った。
 「じゃあ……何度でもやり直せるってことだな」
  将吾は微笑んだ。
 「そうだ。ただし、新しい未来を作る覚悟が必要だ」
  真由はその言葉を聞き、健心を見つめた。
 「じゃあ……私たち、これからどうなるの?」
  健心は即答した。
 「一緒に決めていこう。今度こそ、失わない未来を」
  真由は少し照れたように笑い、再び手を差し出した。
 「じゃあ、よろしくね」
 「こちらこそ」
  こうして二人は、再び歩き出した。
  たとえ記憶がなくても、絆は失われていない――そのことを証明するように、懐中時計が静かに光を放っていた。