波打ち際の約束―再会した幼なじみと始まるひと夏の恋

 朝日が差し込む教室で、健心は真由の肩を軽く揺さぶった。
 「……真由、起きろ」
  彼女はまぶたをゆっくり開けたものの、ぼんやりとした目で周囲を見回すだけだった。
 「ここは……どこ? あなたは……誰?」
  その言葉に、健心の胸が締めつけられる。昨日まで笑い合っていた彼女が、自分の名前すら覚えていない。
  懐中時計の呪い――記憶が消える。
  それを理解していたのに、健心は何もできなかった自分を恨んだ。
 「俺は健心だ。お前の……友達だ」
  そう言うと、真由は一瞬だけ笑った。しかしその笑顔はどこか不安げで、頼りなさを含んでいた。
  そこへ、和希と早苗が入ってきた。
 「やっぱり記憶が抜け落ちてる……懐中時計の副作用は想像以上ね」
  早苗は苦い顔でつぶやいた。
 「でも、まだ完全には失ってない」
  和希が指差したのは、真由の手首に刻まれた薄い光の紋様。懐中時計を持った者だけに現れる、過去と未来をつなぐ印だ。
 「この印が消える前に、何とかするしかない」
  健心は真由の手を握り、はっきりと言った。
 「必ず取り戻す。全部思い出させる」
  真由は一瞬だけ戸惑い、それでもうなずいた。
 「……信じていいの?」
 「ああ、約束する」
  その時、窓の外に異様な影がよぎった。
  屋上からこちらを覗く人影――将吾だった。
  しかし昨日見た将吾とは違い、顔に深い傷跡が刻まれ、目には疲弊した色があった。
 「未来が、変わった……?」
  健心はぞっとする感覚を覚えた。
  将吾は静かに言った。
 「君たちが選んだ道は、確かに未来を変えた。でも代償も変わったんだ」
 「代償?」
  将吾は真由を一瞥し、目を伏せた。
 「彼女が失う記憶は、一部じゃ済まなくなるかもしれない。次は……健心、お前の存在そのものだ」
  衝撃に言葉を失ったその時、廊下の向こうから菜々が現れた。
 「時間の管理者は、あきらめないわよ」
  昨日とは違う、冷酷で無表情な菜々。
  彼女の背後には鎖がうねり、まるで生き物のように揺れている。
 「またお前か……!」
  和希が構えたが、菜々は淡々と言い放った。
 「あなたたちは時間をねじ曲げた罪人。今度こそ、連れ帰る」
  鎖が一斉に健心と真由に向かって伸びた――。