波打ち際の約束―再会した幼なじみと始まるひと夏の恋

 将吾の目は、健心を貫くように鋭かった。しかし、その奥にあるわずかな迷いを健心は見逃さなかった。
 「……お前は未来の俺なんだな」
 「そうだ」
  将吾は短く頷いた。その瞬間、健心の心臓が強く跳ねた。
  未来の自分がなぜこんな場所にいるのか――その理由を理解する前に、真由の声が背後から響いた。
 「やめて、健心を傷つけないで!」
  真由が屋上の入り口に立っていた。彼女の目には涙が浮かんでいる。
  将吾は視線をそらし、ゆっくりと後退した。
 「俺は、お前を傷つけるために来たんじゃない」
 「なら、どうして……?」
 「未来で起きる惨劇を止めるためだ。あの日、お前が真由を止めなかったせいで、多くの命が失われた」
  将吾の言葉が、健心の胸に重くのしかかる。
 「……俺が、原因?」
 「そうだ。そしてこの懐中時計が、その引き金になる」
  真由は懐中時計を強く握りしめた。
 「でも、やり直せば救えるんでしょう? 健心も、私も、街も!」
  その必死さに将吾は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
 「お前は……変わらないな」
  将吾はふっと笑った。だがすぐに表情を引き締める。
 「だが、この時計を使えば使うほど、君の記憶が削られる。最後には、健心のことすら忘れるだろう」
  真由は一瞬、躊躇した。
  しかしその手は緩まない。
 「それでもいい。あなたを救えるなら」
 「真由!」
  健心は彼女の腕を掴んだ。
 「お前に忘れられるくらいなら……未来なんて変わらなくていい!」
  叫ぶ健心に、真由は少しだけ優しく笑った。
 「大丈夫。あなたのことだけは忘れないから」
  だが、その瞬間、懐中時計が強烈な光を放った。
  屋上の空気が揺らぎ、四人の姿を包み込む。
  和希と早苗も駆けつけたが、光の中に飛び込むことはできなかった。
 「待て! お前たち、どこへ――」
  光が収まったとき、屋上には誰もいなかった。
  気づけば健心と真由は、再び教室に立っていた。しかし何かが違う。
  窓の外には見覚えのない巨大な塔がそびえ、空は赤黒く染まっていた。
 「ここは……本当に五年前なのか?」
 「違う、ここは……別の時間軸だ」
  真由は青ざめていた。懐中時計の針が、逆回転をやめて止まっている。
  すると、教室の扉が開き、菜々が入ってきた。
  彼女の目には何の感情もなく、まるで操り人形のようだった。
 「やっと来たのね、真由、健心」
 「菜々……?」
 「違うわ、私はこの時間を支配する者」
  そう言うと、菜々は無数の黒い鎖を呼び出した。
  鎖が迫る――そのとき、懐中時計が勝手に光り出し、健心の意識がまた遠のいた。
  最後に聞こえたのは、真由の叫び声だった。