長い階段を登り切った先には、巨大な歯車と無数の砂時計が浮かぶ空間が広がっていた。
  中央に玉座のような台座があり、その上にクロノスが座している。
  顔は影に覆われているが、存在そのものが時間の概念で構成されているかのようだった。
  周囲の空気は重く、ただそこに立つだけで心臓が締め付けられるようだ。
 「来たか……鍵を持つ者たちよ」
  クロノスの声は、重低音と同時に耳元で囁くような不思議な響きだった。
  健心は一歩前に出る。
 「俺たちを消すつもりなのか?」
 「汝らは時をねじ曲げた。均衡を破り、存在するべきでない未来を生み出した」
  その言葉に真由が息をのむ。
 「でも、私たちは街を救った! 間違ってなんかいない!」
  クロノスの瞳が開かれた。そこには無数の時代の映像が映し出されている。
 「汝らの選択は、一つの未来を救い、無数の未来を消した。秩序はその代償により保たれていた」
  健心は拳を握りしめた。
 「……じゃあ、俺たちに何をしろって言うんだ」
 「選べ――存在か消滅か。その心に迷いがある限り、未来は揺らぎ続ける」
  玉座の前に巨大な砂時計が出現し、砂が逆流を始めた。
 「この砂が尽きるまでに答えを出せ。存在するに値するか否か」
  時間は十数分しかない。
  和希が低く呟く。
 「どうする……?」
  菜々が歯を食いしばる。
 「存在を問われるなんて、どうやって答えればいいの」
  真由は健心の手を握った。
 「私、消えたくない……でも、あなたと出会ったことを後悔したくない」
  健心は彼女を抱き寄せ、はっきりと答えた。
 「なら答えは一つだ。俺たちは存在する。未来を作るために」
  クロノスの瞳が輝き、周囲の歯車が一斉に動き出す。
 「ならば証明せよ。存在する価値を」
  次の瞬間、空間が崩れ、無数の影が現れた。
  それは過去の歪みから生まれた存在――健心たちの罪の化身だった。
 「これを超えられれば、汝らの存在を認めよう」
  クロノスの声と共に、影が一斉に襲いかかってきた。


 罪の化身――それは過去に健心たちが選ばなかった未来、歪めた時間から生まれた存在だった。
  黒い霧をまとった人影は無数に分裂し、異様な速度で迫ってくる。
 「来るぞ!」
  和希が剣を構え、菜々が鎖を広げる。
 「これ、普通の影と違う……!」菜々の顔が強張る。
  その動きは彼ら自身に似ており、まるで鏡写しの自分と戦っているかのようだった。
  早苗が影の一体を避けながら叫ぶ。
 「こいつら……私たちの後悔から生まれてる!」
 「後悔……?」真由が目を見開く。
  その瞬間、目の前の影が真由自身の姿に変わった。
 「……これ、私?」
  影は微笑みながら懐中時計を握っている――だが、その目は冷たい。
  健心の前にも、もう一人の健心が現れた。
 「お前は……」
  影は低く囁く。
 「選ばなければ傷つかずに済んだ。お前は間違った選択をした」
 「黙れ!」
  健心は懐中時計をかざし、影に向かって光を放つ。しかし影も同じ動作をし、光で相殺する。
  将吾が叫ぶ。
 「こいつらは俺たち自身の弱さを映す存在だ! 迷いがある限り勝てない!」
 「じゃあ、どうすれば……!」早苗が影に押されながら叫ぶ。
  真由は健心の腕を掴み、強く握った。
 「私、もう迷わない! たとえ記憶がなくても、あなたと一緒に未来を作る!」
  その言葉に、健心は力強くうなずく。
 「俺もだ。お前がいる限り、後悔なんてしない!」
  二人の腕の紋様が輝き、懐中時計が強烈な光を放った。
  その光は二人の影を包み込み、霧のように消し去った。
  他の影も次々に消滅し、空間は静けさを取り戻す。
  クロノスの瞳がゆっくりと閉じられ、重い声が響いた。
 「……選択に迷いはないか」
  健心は真由の手を握り直し、真っ直ぐに答えた。
 「ない。俺たちは存在する。未来を作るために」
  巨大な砂時計が光り、流れていた砂が止まった。
  クロノスの声が静かに告げる。
 「――認めよう。汝らの存在を」
  その瞬間、空間全体が眩い光に包まれた。