波打ち際の約束―再会した幼なじみと始まるひと夏の恋

 時間喰いとの戦いが終わって数日、街は少しずつ元の姿を取り戻しつつあった。
  崩れた建物の補修工事が進み、人々はようやく平穏な日常に戻り始めている。
  しかし、健心の心は晴れきっていなかった。
  放課後の教室で、真由が窓の外を見つめている。
 「なんだか……全部新しい景色に見えるの」
  その声には、まだ完全には戻らない記憶の影があった。
 「思い出せないのは、やっぱり……怖いね」
  健心は彼女の隣に座り、笑ってみせた。
 「怖がらなくていいさ。思い出はこれからも作れる。忘れた分は、俺が全部補ってやる」
  その時、菜々が入ってきた。
 「記憶の件、進展があったわ」
  菜々の手には、一冊の日記帳があった。
 「これ……昔、真由が書いてたものよ。家族から預かった」
  真由は目を見開き、ページをめくる。そこには健心や和希、早苗と一緒に過ごした日々が詳細に書かれていた。
  真由は指先を震わせながら呟いた。
 「……全部、私が書いたの?」
 「そう。だからこそ、きっと記憶を呼び戻す手がかりになる」
  健心は日記を真由の手に押し戻した。
 「焦らなくていい。少しずつでいい」
  真由は頷き、少し照れくさそうに笑った。
 「ありがとう、健心」
  そこに和希と早苗も現れた。
 「街の歪みも完全に消えたみたいだ。もう残滓の反応はない」
 「よかったぁ……」早苗が胸をなでおろす。
  しかし将吾が現れ、表情を引き締めた。
 「完全に終わったわけじゃない。時間をねじ曲げた事実は消えない。今後も影響が出る可能性がある」
 「それでも、俺たちは進むよ」健心は真っすぐ言った。
 「たとえまた困難が来ても、みんなで守る」
  真由はそんな健心を見つめ、そっと日記を胸に抱いた。
 「……私、この日記を全部読んで、もう一度あなたを知るね」
  健心は照れ隠しのように頭をかきながら答えた。
 「じゃあ、そのときは改めて告白するよ」
  真由は頬を赤らめ、小さく笑った。
 「楽しみにしてる」
  窓の外で、春の夕陽が街を黄金色に染めていた。
  新しい時間は、もう動き出している。