「ほら、ぼーっとしてると指先から感覚なくなるよ」
江戸くんが私の手首を軽く掴み、指先に温石を押し当てる。
布越しでも、じんわりとした熱が伝わってきた。
「うわ……ぬくっ……でも、何でこんなに寒いの?お正月って一月でしょ?あまり寒くないと思うんだけど......」
「太陽暦ではね。江戸の時代のお正月は現代の暦だと大体二月くらいかなぁ」
「二月!?」
吐く息は白く、鼻の奥がつんと痛い。
見渡せば、通りを行き交う人々は皆、重ね着をして背を丸めている。
「……なんか、静かだね」
「正月だからね。商いも控えめだし、遠出しない人も多い」
屋台の呼び声も少なく、代わりに聞こえるのは草履が雪混じりの地面を踏む音と、どこかで鳴る木戸の軋み。
「江戸って、もっと賑やかだと思ってた。年がら年中お祭りしてるイメージあった」
「それは春か夏。何でお祭りなの?」
「へぇ......」
そう相槌を打つと、江戸くんは少しだけ歩調を緩めた。
私が周囲をきょろきょろ見ているのに気づいたらしい。
「人があんまりいないね」
「三が日は原則として『仕事は休み』『刃物はなるべく使わない』の日だったからね」
その時、河川敷の方で子供達の笑い声が聞こえてきた。
男女数人が凧揚げや羽根つきで遊んでいる。
「凧揚げが元々イカ揚げと呼ばれていたのは有名な話だけど、何で凧揚げって呼ばれるようになったか知ってる?」
「え、知らない。......いか?」
「あまりにも凧揚げ熱中しちゃって、大名行列に落ちたり、喧嘩が起こるようになって......幕府が禁止令を出したら『これはイカじゃなくてタコです!』って駄々をこねたからなんだよ」
「そうなの!?」
「そうだよ」
ちなみに女の子達が遊んでいる羽根つきは、元々は公家の遊びで厄除けの意味もあったんだって。それに、羽根を落としたら顔に落書きされるのも『おまじない』なんだって。
(顔に落書きされるのは嫌だけど、おまじないって言われたら我慢できそう......)
「帰ったら平成と君にお年玉を渡すよ。お正月に渡しそびれたし」
「えっ!?良いの!?」
「うん。美味しく食べてね」
(美味しく......食べる?お金を?)
その時、福茶を飲みに江戸時代に来たことを思い出して、キョロキョロと茶屋を探すが、中々見つからない。
「福茶は家庭で飲まれるから、売ってないんだよ。ごめん、久々だから忘れてた......」
「え?」
(じゃあ、江戸時代に来た意味って......)
「お詫びに上生菓子でも買おうか」
通りの角に、正月用の菓子を並べた小さな菓子屋があった。
軒先には白木の箱がいくつも置かれ、その中に淡い色合いの上生菓子が整然と並んでいる。
「わ、綺麗......」
白、薄桃、若草色。
どれも派手ではないのに、雪景色の中では不思議と目を引いた。
江戸くんは菓子箱を覗き込みながら、名前を教えてくれる。
「これは“花びら餅”こっちは“若松”……あ、これも良いなぁ」
そう言って、店主にお土産用のお菓子を頼んだ。
お菓子は和紙に包まれ、細い紐で結ばれていた。
「凄い......アニメとかでお父さんが買ってくるお土産だ!!」
包み紙に丁寧に包まれたそれを受け取ると、江戸くんは私の方を見る。
「持って帰って食べようか」
「うん!」
悠久邸に戻ると、昭和くんがびっくりした表情で私達見た。
「早かったな。まだなぁんも用意できていねぇぞ?」
「ううん、こっちが予定より早く帰ってきただけ」
そう答えると、昭和くんは「なんだそりゃ」と肩をすくめる。
その視線が、私の手に提げられた紙包みに落ちた。
「……それ、何だ?」
「正月菓子だよ。福茶が飲めなかったからお詫びとして買ったんだ」
江戸くんがさらっと言うと、昭和くんは一瞬きょとんとしてから、ふっと口元を緩めた。
「じゃあ、早いうちに食っといた方が良いかもな」
江戸くんが靴を脱ぎながら答える。
そのまま居間へ向かうと、こたつの中からごそごそと動く気配がした。
「美味しい匂いがしますねぇ......」
顔を出したのは平安さんだった。
みかんの皮を剥きながら、包みの方を見る。
「正月菓子だって」
「それはそれは、縁起物ですねぇ」
平成くんも音を聞きつけたのか、奥から顔を出す。
「お菓子?え、江戸時代の?」
「そうそう」
「写真撮って良い?」
「落とさないように気をつけて下さいね」
明治さんが先回りして釘を刺す。
「目指せ、万バズ!」
その時、昭和くんが私の方を見た。
「御寮人、ちと話してぇことがあるんだ。少し散歩に付き合ってくれねぇか?」
声はいつもより少し低い。
「大した話じゃねぇが、みんながいる前だと話しにくくてな」
少し恥ずかしそうに頭を搔いた。
江戸くんが私の手首を軽く掴み、指先に温石を押し当てる。
布越しでも、じんわりとした熱が伝わってきた。
「うわ……ぬくっ……でも、何でこんなに寒いの?お正月って一月でしょ?あまり寒くないと思うんだけど......」
「太陽暦ではね。江戸の時代のお正月は現代の暦だと大体二月くらいかなぁ」
「二月!?」
吐く息は白く、鼻の奥がつんと痛い。
見渡せば、通りを行き交う人々は皆、重ね着をして背を丸めている。
「……なんか、静かだね」
「正月だからね。商いも控えめだし、遠出しない人も多い」
屋台の呼び声も少なく、代わりに聞こえるのは草履が雪混じりの地面を踏む音と、どこかで鳴る木戸の軋み。
「江戸って、もっと賑やかだと思ってた。年がら年中お祭りしてるイメージあった」
「それは春か夏。何でお祭りなの?」
「へぇ......」
そう相槌を打つと、江戸くんは少しだけ歩調を緩めた。
私が周囲をきょろきょろ見ているのに気づいたらしい。
「人があんまりいないね」
「三が日は原則として『仕事は休み』『刃物はなるべく使わない』の日だったからね」
その時、河川敷の方で子供達の笑い声が聞こえてきた。
男女数人が凧揚げや羽根つきで遊んでいる。
「凧揚げが元々イカ揚げと呼ばれていたのは有名な話だけど、何で凧揚げって呼ばれるようになったか知ってる?」
「え、知らない。......いか?」
「あまりにも凧揚げ熱中しちゃって、大名行列に落ちたり、喧嘩が起こるようになって......幕府が禁止令を出したら『これはイカじゃなくてタコです!』って駄々をこねたからなんだよ」
「そうなの!?」
「そうだよ」
ちなみに女の子達が遊んでいる羽根つきは、元々は公家の遊びで厄除けの意味もあったんだって。それに、羽根を落としたら顔に落書きされるのも『おまじない』なんだって。
(顔に落書きされるのは嫌だけど、おまじないって言われたら我慢できそう......)
「帰ったら平成と君にお年玉を渡すよ。お正月に渡しそびれたし」
「えっ!?良いの!?」
「うん。美味しく食べてね」
(美味しく......食べる?お金を?)
その時、福茶を飲みに江戸時代に来たことを思い出して、キョロキョロと茶屋を探すが、中々見つからない。
「福茶は家庭で飲まれるから、売ってないんだよ。ごめん、久々だから忘れてた......」
「え?」
(じゃあ、江戸時代に来た意味って......)
「お詫びに上生菓子でも買おうか」
通りの角に、正月用の菓子を並べた小さな菓子屋があった。
軒先には白木の箱がいくつも置かれ、その中に淡い色合いの上生菓子が整然と並んでいる。
「わ、綺麗......」
白、薄桃、若草色。
どれも派手ではないのに、雪景色の中では不思議と目を引いた。
江戸くんは菓子箱を覗き込みながら、名前を教えてくれる。
「これは“花びら餅”こっちは“若松”……あ、これも良いなぁ」
そう言って、店主にお土産用のお菓子を頼んだ。
お菓子は和紙に包まれ、細い紐で結ばれていた。
「凄い......アニメとかでお父さんが買ってくるお土産だ!!」
包み紙に丁寧に包まれたそれを受け取ると、江戸くんは私の方を見る。
「持って帰って食べようか」
「うん!」
悠久邸に戻ると、昭和くんがびっくりした表情で私達見た。
「早かったな。まだなぁんも用意できていねぇぞ?」
「ううん、こっちが予定より早く帰ってきただけ」
そう答えると、昭和くんは「なんだそりゃ」と肩をすくめる。
その視線が、私の手に提げられた紙包みに落ちた。
「……それ、何だ?」
「正月菓子だよ。福茶が飲めなかったからお詫びとして買ったんだ」
江戸くんがさらっと言うと、昭和くんは一瞬きょとんとしてから、ふっと口元を緩めた。
「じゃあ、早いうちに食っといた方が良いかもな」
江戸くんが靴を脱ぎながら答える。
そのまま居間へ向かうと、こたつの中からごそごそと動く気配がした。
「美味しい匂いがしますねぇ......」
顔を出したのは平安さんだった。
みかんの皮を剥きながら、包みの方を見る。
「正月菓子だって」
「それはそれは、縁起物ですねぇ」
平成くんも音を聞きつけたのか、奥から顔を出す。
「お菓子?え、江戸時代の?」
「そうそう」
「写真撮って良い?」
「落とさないように気をつけて下さいね」
明治さんが先回りして釘を刺す。
「目指せ、万バズ!」
その時、昭和くんが私の方を見た。
「御寮人、ちと話してぇことがあるんだ。少し散歩に付き合ってくれねぇか?」
声はいつもより少し低い。
「大した話じゃねぇが、みんながいる前だと話しにくくてな」
少し恥ずかしそうに頭を搔いた。



