⚪︎金曜の夜、大学近くの駅前。
スーパーのレジバイトを終えたしずくが、エプロンを外しながらスマホを開く。
「おつかれさま」のLINEに、既読がすぐつく。
澪から返信が届く。
(澪・LINE文)
《ちょうど終わったとこ? 駅まで一緒に歩く?》
胸がぽっと熱くなる。
外に出ると、風が冷たい。
駅までの並木道。
ひとり待っていた澪が、道の街灯の下で軽く手を振る。
(澪)
「おつかれ。
ちゃんと食べた?夕方からバイトだったんだろ」
(しずく・照れ気味に)
「食べましたよ?…コンビニのおにぎりですけど」
ふたり並んで、歩き出す。
話す言葉より、静けさのほうが多い夜道。
(しずく・心の声)
(この距離、この並び。
なにげない帰り道なのに、
なんでこんなにドキドキするんだろう)
⚪︎コンビニの明かりが少し遠くににじんでいる。
澪が、手をポケットに入れたままぽつりとつぶやく。
(澪)
「……本当は、誰にも見られないときに会えるの、けっこう好きなんだ」
(しずく・きょとんとしながら)
「なんで……ですか?」
(澪・ゆっくり)
「君が誰かと話してるのを見ると、
“俺が君に会えるのは、限られた時間だけなんだな”って思うから」
ふと、胸の奥に小さな火がともる。
さみしいようで、でもうれしくて、
涙が出そうになるのを、ぎゅっとこらえる。
澪が足を止める。
街灯の下、駅まであとほんの少し。
(澪)
「しずくちゃん。……俺、やっぱり怖いのかも」
(しずく・驚いて)
「え……?」
(澪)
「この距離で、“好き”って言って、
もし君が困ったらどうしようって、
ずっとブレーキかけてる自分がいる」
(しずく・小さく)
「……私は困らないのに」
ふたりの間の距離が、少しだけ縮まる。
(澪)
「それって……告白されても大丈夫ってこと?」
(しずく・頬を赤らめて)
「……ずるいです、そうやって聞くの」
澪が微笑む。
けれど、手はつながない。
そのかわり、そっと“声”で、しずくの手を包む。
(澪)
「じゃあ、俺もうちょっとだけ大人でいようかな。
君が、もう少しだけ俺に甘えたくなるまで」
⚪︎駅の改札前。
電車の発車ベルが鳴る。
しずくが階段を上がりかけ、ふと振り返る。
(しずく)
「……じゃあ、私、もう少し甘えます。
ちゃんと受け止めてくださいね、澪さん」
澪が、少しだけ照れくさそうに、でも嬉しそうにうなずく。
(澪)
「もちろん。甘やかす準備は、ずっと前からできてるよ」
電車のドアが閉まる直前まで、ふたりは見つめ合っていた。
言葉よりも、確かに通じ合っている“何か”があった。



