春の雨。グラウンドに細い雨脚が落ちる昼休み。
校舎のガラス窓を雨粒がつたう。


⚪︎図書室。
静かなその空間に、白衣姿の澪がひとり、奥の窓際席に座っている。


しずくが、そっと扉を開ける。
気づいた澪が目だけで笑う。

(澪)
「来たんだ。雨、ひどくなってたから、どうかなって」

(しずく)
「……静かなところ、行きたくなって。
澪さんがいるかもって思って、来ました」


ふたりきりの図書室。
ページをめくる音と、窓を叩く雨音だけが響いている。


並んで座るソファ。
しずくの髪から、ぽたぽたと雫が落ちる。

(澪)
「……濡れてるじゃん。傘、忘れた?」

(しずく)
「小さい折りたたみで……途中からダメでした」


澪が白衣のポケットから、タオルを差し出す。
しずくの肩にそっとかけながら、指先で髪に触れる。

(澪)
「髪、乾かさないと風邪ひくよ。
……動かないで」


彼の手が、やさしくしずくの髪をなでる。
指先の動きはゆっくりで、まるで撫でるように。

(しずく・心の声)
(やわらかくて、あたたかくて……
これって、ただの先輩・後輩って距離じゃない)


澪が手を止める。
しずくは、上目づかいに彼の顔を見る。
濡れた髪越しに、彼の瞳がまっすぐそこにあって──

(澪)
「……こうしてると、君がすごく近いね」

(しずく)
「……はい」


しずくの頬が、ふわっと赤く染まる。
お互いの間の距離は──もはや、30センチもない。

(しずく・心の声)
(この距離で、息をするだけで澪さんに届いてしまいそうで)

(澪)
「……ごめん。これ以上は、ダメだな。
君が困る」


その声は優しく、でも少し苦しそうだった。
澪が手を引くと、そこに小さな静寂が落ちる。


図書室の本棚の間。
澪が立ち上がり、本を取りにいく。


しずくはその背中を、じっと見ていた。

(しずく・心の声)
(澪さんはきっと、私よりずっと大人で、
私よりずっといろんなものを抱えてる)

(しずく・心の声)
(でも……そんな人に、あんなふうに近づかれて、
あんなふうに触れられて……)


胸の奥に、ぎゅっとあたたかいものが灯る。

(しずく・心の声)
(私、もう……わかってる)


⚪︎図書室を出て、雨上がりの空。
澪としずくが並んで歩いていく。

(しずく)
「……さっき、澪さんが困るって言ったの、
私、全然困ってませんでした」


澪が足を止める。

(しずく)
「むしろ……うれしかったです。
なんか、心がふわっとなって。ずっとあったかくて……」

(澪・静かに)
「……そっか。
それは──よかった」


澪の顔が、少しだけやわらいだ。
けれど、手はつながない。
でも、気持ちだけはきっと重なった。



⚪︎夜。しずくの部屋。


ベッドに寝転びながら、濡れた髪をドライヤーで乾かす。

(しずく・心の声)
(私、朝比奈さんのことが、好き)


ドライヤーの風が止まる。
鏡越しに、自分の顔を見る。

(しずく・心の声)
(ちゃんと自分の口で、伝えたくなる日が来るって、
今日、思った)


静かな夜。雨はもうやんでいる。
恋の音だけが、窓の外まで届いていた。