⚪︎春の午後。医療演習室。
白衣を着た学生たちがペアになり、基礎生理学の実習が始まる。
医学生1年生の実習:心電図の測定。
学生同士が電極を貼り、脈拍や心拍数を確認し合う実習。
澪としずくは偶然──いや、必然のように、また同じペアに。
(担当教員)
「では、パートナーと交代で測っていきましょう。
皮膚にきちんと貼ること。緊張すると心拍に影響しますよ」
しずくが白衣の袖をそっと直す。
白く細い腕。電極を貼るため、腕と胸元のラインをほんの少し露出する必要がある。
(しずく・心の声)
(……やだ、緊張する。なんで私、この人とばっかり……)
ベッドの上、しずくがタオルで胸元を少し覆いながら横たわる。
澪が椅子に座り、真剣な顔で機器を準備している。
(澪)
「痛くしないから、ちょっとだけ我慢してね」
澪の声は穏やかで、落ち着いていて──
そのぶん、余計にしずくの心臓が速くなる。
(しずく・心の声)
(……だめだ、心拍、絶対速くなってる。
でもそれって、実習のせいじゃない)
澪の指が、そっとしずくの肌に触れる。
電極を貼るだけの軽い接触。でもその“優しい”手つきが、胸の奥に触れてくるようで──
(しずく・心の声)
(やわらかくて、静かで……
でも、指がふれるたび、息が止まりそうになる)
しずくの頬にふわっと赤みが差す。
視線をそらして耐えていると──
(澪・ふと)
「……心拍、速いね。大丈夫?」
(しずく・咄嗟に)
「へっ!? あっ、あのっ、えっと……」
(澪・微笑して)
「緊張するよね。心電図、全部バレちゃうから」
実習後、澪がしずくのデータをチェックしている。
澪が画面を覗き込みながら、首を傾げる。
(澪)
「途中から、心拍が急に上がってる。何かあった?」
しずくは真っ赤な顔で、ノートを抱えて後ずさり気味に笑う。
(しずく)
「き、緊張、してただけです……!」
(澪)
「そっか。でも、ちゃんとできてたよ。安心した」
その言葉に、しずくは少しだけうつむき、そっと微笑む。
(しずく・心の声)
(ああもう……
この人、無意識に人の心拍までコントロールしてるんじゃ……)
⚪︎帰り道、校舎の裏手。薄い夕焼けがキャンパスを染めている。
しずくと澪が並んで歩く。
講義でもない、実習でもない。ふたりだけの、ふつうの帰り道。
(澪)
「しずくちゃんってさ──あ、ごめん。急に呼び方変えた」
(しずく・戸惑って)
「い、いえっ。……なんで急に?」
(澪)
「なんとなく。今日、がんばってたから、距離縮めてもいいかなって思っただけ」
心臓が、また跳ねる。
それはもう測定できない速さで。
(しずく・心の声)
(“しずくちゃん”……)
⚪︎しずくの部屋──夜。
スマホを手にしたまま、しずくは胸に手を当てる。
今日の実習、澪の指、優しい声、名前の呼び方──全部が混ざって、ふわふわする。
(しずく・心の声)
(これって、恋……?
わからないけど……でも、苦しくない。
苦しくないどころか、うれしくて、あったかくて……)
窓の外には星。
ベッドに沈みながら、しずくは少しだけ微笑んだ。
(しずく・小さく)
「……“しずくちゃん”……もう一回、言ってほしいな」



