⚪︎4月半ばの大学キャンパス。昼下がりの中庭。
桜は葉桜になり、かわりに若葉の匂いが風に乗る。


しずくは、昼休みに中庭のベンチにひとり座っている。
お弁当の包みをそっと開き、ゆっくりと箸を持つ。

(しずく・心の声)
(……今日って、誕生日なんだよね、私)


けれどスマホは静かだ。
家族LINEの未読が「1」。友達からのメッセージもまだ来ない。

(しずく・心の声)
(特別な日に誰かと会話しなくても、別に、いい。
でも……)


さびしさを隠すようにおにぎりを口に運ぶ。
そのとき──



⚪︎木の陰から現れた澪が、しずくのベンチの近くで立ち止まる。

(澪)
「やっぱりここにいた」

(しずく・驚いて)
「朝比奈さん……?」


軽く微笑む澪。
手にコンビニのサンドイッチとペットボトルのお茶。

(澪)
「昼、食べた? ここ、いい場所だね。風が気持ちいい」


しずくは頷いて、少しだけ隣にスペースを空ける。
澪が、迷いなくその横に腰を下ろす。

(しずく・心の声)
(隣にいるだけで、空気が変わるみたい)




⚪︎風の音と、紙袋の音だけが鳴る、静かな昼のひととき


沈黙が不思議と心地よく、しずくはお弁当を再び手に取る。

(澪・ふと)
「……誕生日、おめでとう」


しずくの箸が止まる。
思わず顔を上げ、瞳を見開く。

(しずく)
「え……どうして、知って……?」

(澪・少し照れくさそうに)
「学生証、提出のときにちらっと見えてた。覚えるの、得意なんだ」

(しずく)
「……そうだったんだ……。ありがとう、ございます」

言葉がうまく出てこない。
胸の奥が、ふわりとあたたかくなる。

(しずく・心の声)
(誕生日、誰にも言ってなかったのに。
覚えててくれた人が……いた)




⚪︎午後の講義室。今日の講義は神経系の概要。


澪はいつものように冷静に講義を聞きながら、しずくのノートにそっと目をやる。

(澪)
「今日、字がやわらかいね」

(しずく・小声)
「……誕生日だからかな?」


澪が、静かに笑う。

(澪)
「だったら、いい日になってるといいな」


その声が耳に残って、講義の内容が頭に入ってこない。

(しずく・心の声)
(どうしよう……今日、ずっとこの人のことばかり考えてる)



⚪︎夜──しずくの部屋。薄明かりのスタンドライト。
ノートと教科書が机の上に並ぶ。


しずくはベッドに腰かけてスマホを握っている。
LINEを開くと、新しい通知がひとつ。


「朝比奈澪」の名前。
胸がドキリと跳ねる。

(LINE文・澪)
《今日はいい一日だった?
誕生日、おめでとう。
明日も講義がんばろうね。おやすみ》


たった三行。
でも、それだけで眠れなくなりそうなくらい、うれしかった。

(しずく・心の声)
(こんな夜が、あるんだ……)


布団にくるまりながら、しずくはスマホを胸に抱く。

(しずく・小さく)
「……おやすみなさい、澪さん」