⚪︎5月の終わり。
梅雨入り前のキャンパス。
雨が降る前の、少しぬるくて澄んだ空気。

図書館の自習スペースに、しずくと澪が並んで座っている。

(しずく・心の声)
(こんなふうに、並んで試験勉強するのが当たり前になってきた)

(澪・低くささやく)
「……あと3ページで終わる。付き合って」

(しずく・小声で)
「はい。……ずっと付き合います、最後まで」

それが勉強の話だけでないと、ふたりとも、気づいていた。


⚪︎休憩時間。キャンパス裏の小さなベンチ。

コーヒーを飲みながら、澪がふいにぽつりと言う。

(澪)
「卒業したら、研修医か……。
……君はどこ、志望してる?」

(しずく・少し迷いながら)
「……大学病院。
でも、まだ“なりたい医師像”が定まってなくて……焦るんです」

(澪)
「それでいいと思うよ。
焦って選ぶより、君らしく、ちゃんと悩んで選べばいい」


そう言う澪の目は、まっすぐで。
“遠回りしてきた人”だからこその強さがある。


しずくがそっと澪の腕に寄りかかる。

(しずく)
「澪さんは、
どうして“もう一度、医師になろう”と思ったんですか?」

(澪)
「……たくさんの患者さんに出会った。
回復しても、戻れない職場、続かない生活……。
“診る”だけじゃ届かない、現実があって」

澪はゆっくりと目を伏せ、そして微笑む。

(澪)
「だから俺は、
“希望の先まで診られる医者”になりたかったんだ」


しずくの心の中で、何かが静かに揺れる。
尊敬だけじゃない。
同じ夢を持つ者として、「隣にいたい」と思った。

(しずく)
「……ずっと、隣にいさせてください。
澪さんが医者になるその日も、
その先も、……できればずっと」

(澪・静かに、でも深く)
「“ずっと”は、俺のセリフなんだけどな」


澪がそっと手を伸ばし、しずくの指を包む。
そのまま、手の甲にキスを落とす。


⚪︎夕暮れの中庭。
風に揺れる木々の音。
しずくの髪が、ふわりと頬をなでる。

(澪)
「……いつか、白衣を着た君と、
同じ病棟で働けたらいいな」

(しずく)
「それって……もしかして……」

(澪)
「そう思ってるだけ。……でも、
もしその時が来たら、“その先”も、ちゃんと話させて」


「プロポーズ」にはまだ届かない。
けれどそれは、確かな“約束のような言葉”だった。


しずくの目に涙がにじむ。
でも、笑っていた。

(しずく)
「はい。私、ちゃんと白衣が似合う人になります」

(澪)
「もう似合ってるけど。
……もっと似合う君を、隣で見たい」


ふたりは肩を寄せ合い、
ゆっくりと、桜の花が終わった季節を歩いていく。

(しずく・心の声)
(これから先も、たくさん悩んで、苦しんで、泣くかもしれない)
(でも――隣にこの人がいてくれるなら、私はきっと大丈夫)


ラストカット。

数年後。
白衣姿の澪と、学生最後の実習服のしずく。
病棟の廊下ですれ違いざま、ふと目が合う。

(澪)
「お疲れさま、しずく」

(しずく・笑顔で)
「お疲れさまです、“先生”」


ふたりの手が、すれ違いざまにそっと触れ合う。
視線だけが全てを語っていた。





             【end】