隠れスー女の恋の行方





「……圭吾さんも、床山になろうとしてたんですか?」

「一時期はね。高校まで、兄貴と同じ部屋で修行してた」

「えっ……」

「でも、俺には無理だった。兄貴みたいに、髷ひとつに魂込められなかったし、どうしても父親と比べられて……」

「お父さんも、床山だったの?」

「うん。“床圭”って名前で、昔は横綱の髷も結ってた人。すごい人だったよ。……でも、厳しすぎた」


一瞬、神崎の顔が陰った。


「俺が大学に行くって言った時、めちゃくちゃ怒鳴られた。『裏切り者だ』って。兄貴は黙ってたけど……俺は、やっぱり耐えられなかったんだよね」


澪は、言葉を失った。


(……そんな過去があったんだ)


だからこそ、神崎の振る舞いが自然なのだとわかる。
相撲の知識も、職人の目線も、決して“表面だけのオタク知識”じゃない。血の中に染み込んでいる、本物の距離感だ。


「兄貴とは、それでも時々会ってるし、仲はいいよ。今日だって、こうして来れたし」

「圭吾……」


床峰が、ふと優しい声で言った。


「俺は、お前が違う道選んでくれて、よかったと思ってる。無理して同じ道を歩かなくたって、兄弟だし、相撲好きなことに変わりはねえ」

「……ありがと」


(この兄弟、素敵だな……)

どこか、心が温かくなる。
相撲という世界に、真っ直ぐな情熱と、家族の距離があるなんて——それを初めて知った。