隠れスー女の恋の行方




 翌日、約束の時間より少し早く、澪は東京・墨田区の小さな商店街に降り立った。


「こっち」


神崎は、私服姿で待っていた。

白いシャツに、ベージュのパンツ。腕まくりされた袖の先から、骨ばった手首がのぞく。その自然体な格好が、妙に似合っていた。


「……私、変じゃないですか? 浴衣、着慣れてないから……」

「ううん。すごく似合ってる。髪も、上手にまとめたね」

「……ありがとうございます」


(ああ、目が合わせられない)


そんな気持ちを抱えたまま、神崎の案内で細い路地を抜け、小さな門の前に立つ。

門の上には、手書きで書かれた木札。


——『翠ノ森部屋(みどりのもりべや)』



「うちの兄貴がいるの、ここ。元々はもっと大きい部屋だったんだけど、師匠が引退してから、縮小してる。今は十人くらいしかいないんだ」

「……初めてです、こういう場所。ずっと、見学行ってみたくて……」

「よかったら、今日見せてもらえるよう、頼んでみるよ」



門をくぐると、思った以上に静かだった。稽古時間外ということもあり、敷地には力士の姿もまばらだ。