「そうだ、赤木さん」


昼休み、恒例になりつつある小会議室の静寂のなかで、神崎圭吾がふと思い出したように言った。


「今度の観戦、昼過ぎからだよね? その前に、ちょっと寄ってほしい場所があるんだけど……いいかな」

「……寄る?」

「兄貴がいる床山の部屋」

「えっ……!」


澪の心臓が跳ねた。

床山——それは、相撲界において、髷を結うことを専門にした職人のこと。弟子入りし、厳しい修業を経て、一人前と認められた者しか名乗れない職だ。


「挨拶ってわけじゃないんだけど。兄貴が俺に頼んでた“道具”を届けがてら、一瞬だけ寄るつもりで。もし、時間があれば……でいいんだけど」

「……わ、私なんかが行って、いいんですか?」

「兄貴、スー女に対してはむしろ好意的。っていうか、昔から『女子相撲部とかもっと増えてほしい』とか言ってるくらいだし」

「それは……ちょっと、うれしいかも……」

「だろ?」


にっと笑う神崎の笑顔に、またドキンとした。