「なに見てるの?」


その声が、静まり返った昼休みの会議室に落ちた。

赤木澪は、思わず手にしていたマグカップを持ち上げたまま硬直する。
会社支給のノートパソコンの画面には、YouTubeで再生中の動画——昨年の九州場所、蒼ノ島対豪龍山の激闘が、ちょうど見どころの真っただ中で一時停止されていた。


(しまった……!)


澪の脳内では非常ベルが鳴り響いていた。

昼休み中、ひとりで使える会議室を見つけたのが、ここ数か月の唯一の幸運だと思っていた。ひとり静かにお弁当を食べながら、動画を観る——それが彼女の密やかな至福のひとときだった。

だが、今日に限って、あの人が現れたのだ。


「……あ、あの、今のは、その……」

「蒼ノ島、押し出し勝ちだよね。この取組、俺も好き」


さらりとした口調に、澪はぽかんと口を開いたまま固まる。



「え……?」

「去年の九州場所。土俵際、際どかったよね。決まり手も出るまで時間かかってた」


まるで常連ファンのような知識と温度で語るその男——神崎圭吾。
部署の先輩であり、入社以来ずっと“社内で一番スーツが似合う男”の座をキープしている人物だ。

スーツの上からでも分かる肩幅、すっきりとした顔立ちに、さりげない所作の美しさ。モテるのに、浮いた噂が一つもない“安心感”。

そんな人が、自分の推し力士を、フルネームで、しかも語れるってどういうこと?