春は、香りとともに。




「急にごめんなさいね。けれど、どうしても確かめたくて。まさか、こんな場所で暮らしていらっしゃるとは思わなかったものだから」


 そう言って島津夫人は、小さなため息をついた。


 「中へ、どうぞ」


 志野子は戸惑いながらも、彼女を座敷へと通す。
 簡素な卓袱台に茶を淹れながら、彼女の言葉を待った。



「あなたが、こんな長屋に住んでいるなんて……本当に、時代が変わったのねぇ」

 夫人は茶をひと口啜り、ふっと遠くを見るように目を細める。

「志野子さん、あなたのお父上がいなくなったとき、私……とても驚いたのよ。
あれほど誠実で、真面目な方だったのに」

 志野子は、かすかに眉を下げて頷く。

「私も……突然のことで」

 「そしてあなたは、あの惟道先生のもとで働いていると聞いて」

 その名が出た瞬間、志野子の手が止まった。