春は、香りとともに。





 惟道を連れて戻ったのは、すでに日が暮れかけていたころだった。

 志野子はずぶ濡れのまま、彼の身体を布団へと横たえた。
 濡れた着物を脱がせ、乾いた寝間着に着替えさせる。
 顔を拭き、首に氷嚢を当て、煎じた白湯を口に含ませる。

 惟道は浅く呼吸を繰り返し、額にはうっすら汗がにじんでいた。
 意識はあるのかないのか、時折何か言葉にならない音を漏らすだけだった。

 志野子は、その額に冷たい手ぬぐいをあてがいながら、そっと手を握った。
 彼の手は、思っていたより大きくて、でも力なく熱かった。


「先生……どうか、早く……」


 そのとき、惟道の指が、ゆるく動いた。

 まるで確かめるように、志野子の手を、探るように。
 そして、ぽつりと、かすれた声が漏れた。


「……しの……こ……さん……」