春は、香りとともに。




 傘も差さず、髪も帯も濡れながら、ただ惟道の面影を追っていた。
 頭の中には、彼の歩く道筋をなぞるように記憶を辿っていく。


 (香木屋……ではなかった。ならば、あの文具問屋へ?)


 角を曲がり、道を走る。
 泥跳ねなど気にしていられない。息が上がっても、足は止まらなかった。

 そして、裏路地にさしかかったその時――

 そこに、人影が崩れるように横たわっていた。



「……先生っ!」



 志野子は駆け寄り、濡れた石畳の上に倒れていた惟道を抱き起こす。

 顔は熱く、意識は薄れていた。



「……う……」

「大丈夫ですか!? 聞こえますか……っ」

 雨が容赦なく降り注ぐ中、志野子は彼の肩に自分の身体を重ねるようにして支えた。
 この人を、ここに置いては帰れない。

 迷いはなかった。