春は、香りとともに。




 それは、朝から降り出した雨が午後になっても止まず、しとしとと音を立てていた日のことだった。

 惟道は、午前中に「少し外に出る」とだけ言い残して家を出た。
 志野子は特に気にもとめず、いつものように洗濯物を取り込み、昼餉の支度を整える。

 だが、午後になっても彼は戻らなかった。

 雨脚は次第に強まり、風も混ざって軒を打ちつける。
 時計の針は午後五時をまわっていた。


 (おかしい……)


 胸騒ぎがして、志野子は何度も玄関を見に行った。
 傘もまだある。惟道は雨具を持たずに出たのだ。


「先生……」


 気づけば志野子は、羽織を掴んで長屋を飛び出していた。