春は、香りとともに。



 その夜。針箱を閉じ、志野子は小さな香袋に手を添えた。
 そこには、自ら調合した“白檀と乳香”の香木を細かく刻んで入れていた。

 今日、惟道に焚いてもらった香と、ほとんど同じものだった。

 自分の香が、彼の記憶に残った。

 それだけで、十分だった。

 けれど――


(……もし、もう少しだけ、わたしを想ってくれる日がくるなら)


 そう願ってしまう心も、確かにあった。

 香は、言葉にできないものを伝える。

 名前を呼ばれなくても、触れられなくても。
 “あなたに香ってほしい”という想いは、たしかにここにある。

 だから、志野子は信じることにした。
 今はまだ、遠くて淡い香でも、いつかはひとつになることを――