春は、香りとともに。




「そうです。……亡くなった妻が、まだ元気だったころ。ふたりで調合した香の、最初で最後の記録です」


 その言葉に、志野子の胸の奥がきゅうっと締めつけられた。
 彼が探していたものが、そんな大切な“記憶”だったなんて。

 けれど、その想いは、決して“嫉妬”ではなくて。
 彼の過去の一部に触れてしまったという、痛みと敬意と……それから。


(わたしも、あなたの記録の一部になれたら)


 そんな願いにも似た感情が、静かに芽生えていた。