ある日の午後。
香の間には、紙をめくる音だけが静かに響いていた。
志野子は針仕事の手を休め、隣で香記録を整理していた惟道の様子にふと気づいた。
「……何か、お探しですか?」
問いかけると、惟道は手を止め、やや表情を曇らせて答えた。
「古い香の記録を……数年前に調合した香の、配合とそのときの所感を書き留めていた帳面です。昨夜ふと思い出して、探しているのですが、どうにも見つからなくて」
惟道の書庫には、膨大な数の香記録帳が並んでいた。
それは調合だけでなく、香を焚いたときの空気、天候、客人の反応など、香にまつわる全てを記したものだった。



