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【惟道side:想像してしまう】
採寸の間、惟道の心は不思議な波立ちを見せていた。
それは香の稽古で弟子と向き合うときとも、生活を共にする親族とも違う“距離”だった。
あまりにも近いのに、どこにも触れてはいけない。
その緊張感が、逆に想像力を研ぎ澄ませてしまう。
(この浴衣を着る日がくるのだ)
自分のために仕立てたもの。
その袖に腕を通し、香を聞く夕べに並ぶ姿を――
想像してしまった。
椿色の帯を合わせ、うなじを少し見せる。
涼やかな香に包まれた彼女が、静かに隣にいる。
ただ、それだけの情景が、なぜか胸を締めつける。
(……私は、こんな気持ちを忘れていた)
“妻”という言葉が、胸をかすめた。
しかし、今の志野子には、その言葉は似合わない。
彼女は、まだ誰のものでもない。
だからこそ、この想いに名前をつけることができない。
「――失礼します。測り終えました」
志野子の声で、惟道は我に返った。
「ありがとうございます。……緊張させてしまったかもしれませんね」
「いえ……こちらこそ、少し手が震えてしまって」
ふたりとも、互いに目を合わせることができなかった。
けれど、それでも良かった。
その沈黙にこそ、名前のない想いが宿っていたから。



