春は、香りとともに。




「……少し、腕を広げていただけますか?」

「はい」


 惟道が静かに袖を広げる。
 志野子の指先が、肘から手首へとすべる。

 布越しでも、その温度が、明確に伝わってくる。

 指と腕とが、触れそうで触れない。
 あと一寸。けれど、その一寸が、どうしても越えられない。


(お願い、鼓動が聞こえませんように)


 そう願った志野子の横顔に、惟道はそっと視線を落とした。

 彼女の睫毛が震えていることに、気づいてしまったから。

 息を呑んだのは、むしろ惟道のほうだった。