春は、香りとともに。




  ***
 

 布地は、惟道が用意してくれた淡い鼠色の綿麻だった。
 控えめながら、織りに艶があり、涼やかな手触り。

 採寸のため、志野子は香の間に文机と座布団を移し、布と定規、帳面を用意した。


「では、こちらにお座りいただけますか」


 惟道は静かに頷き、座布団の前に正座した。
 着物の襟元を少しだけゆるめ、首筋が露わになる。
 その一瞬の変化に、志野子は息をのんだ。


(……落ち着いて。これは、仕立てのため)


 定規を取り、肩幅を測る。
 次に、袖丈、背丈、腰回り。
 どれも着物を通しての採寸だが、指先がわずかに惟道の肌をなぞる瞬間が、何度かあった。

 お互いに、言葉は少なかった。
 でも、空気がやけに澄んでいて、心臓の音が響くように感じられる。