春は、香りとともに。




「……先生、灯り、点けておきました。……怖くないように」


 惟道は、息を止めた。

 志野子の部屋の灯りが、自分のために点けられたものだと知ったとき。
 胸の奥に、ふわりとした温かさが灯った。


 (……ありがとう)


 声には出さなかった。
 けれど、彼はその場で静かに、頭を下げた。

 香もない夜に、これほど心が満ちるとは。
 火の香、夜のぬくもり、そして――誰かを思う灯りの優しさ。

 それら全てが、まるでひとつの“香”のようだった。