春は、香りとともに。




 惟道は、筆を止めて息を吐いた。
 香の研究記録と、依頼された香道の鑑定文――
 そのどれもが、志野子のことを思い出させてくる。


(……“合わせます”か)


 今朝の言葉が、どうにも耳に残っていた。

 ただの気遣い。
 そう思えば済むはずなのに、彼女が見せた頬の紅さ、箸を取る所作、そのひとつひとつが、心をざわつかせて離れない。

 戸惑い、というより、慣れない。
 女が家の中にいるというだけで、生活が音を立てて変わっていく。


 ――そして、それを、悪くないと思っている自分がいる。