春は、香りとともに。




 惟道は特に反応せず、ただ「助かります」と静かに笑った。
 その微笑みに、志野子は炊き上がったご飯の湯気よりも顔が熱くなるのを感じてしまった。

 白磁の小鉢に、大根と胡瓜の浅漬け。
 器を重ねてふたり分並べると、それだけで食卓に“暮らし”の香りが漂う。

「いただきます」

「……いただきます」

 ふたり、同時に箸を取る。
 言葉にせずとも、食器がふたつ並んでいるだけで、何かが始まったことを実感できた。