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あれから、志野子はほぼ毎日のように香道教室へ通っていた。
弟子としてというより、もう一人の“聞き手”として、惟道の香席に並ぶようになった。
彼女が香を「読む」姿には、どこか凛とした気配があった。
香炉を受け取る手が細く、白く、けれど迷いがない。
その動きのたびに、室内の空気が少しだけ澄んでいくのが分かるほどだった。
「志野子さん、今宵は“初桜”にしましょう」
惟道が選んだのは、桜の樹皮を乾燥させた、やや甘く、青い香りを放つ香。
「桜は好きでしたか?」
「……満開より、咲きかけが好きです。咲く前の、きゅっと結んだ蕾の姿が」
「それは、あなた自身のようですね」
その言葉に、志野子は一瞬息を呑んだ。
けれどすぐに目を伏せ、香炉を静かに受け取った。
「……蕾のまま終わることも、ありますわ」
「いいえ。咲くときが来るまで、香り続ける花もある。あなたは、そういう花です」
この人は――どうしてこんなにも、
心の深い場所に触れるような言葉を、自然に言えるのだろう。
志野子は、心臓の奥が熱くなっていくのを感じていた。



