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帰り道、志野子はふと、足を止めた。
石垣の隙間に咲いた小さな白い花――百合だった。
あの香道教室で、初めて褒められたとき。
惟道が「君の香りは百合のようだ」と言った、その記憶が甦る。
「セツ……」
家の前で待っていたセツの顔を見て、志野子は笑った。
「私……惟道さまのもとで、香を聞きたいと思うの」
セツは一瞬きょとんとしたが、すぐに目尻を和ませた。
「……ようやく、居る場所が見つかりましたね、お嬢さま」
志野子は、小さく頷いた。
風が吹く。
春の名残を残した風が、二人の間をそっと抜けていった。



