春は、香りとともに。




  ***
 
 帰り道、志野子はふと、足を止めた。
 石垣の隙間に咲いた小さな白い花――百合だった。

 あの香道教室で、初めて褒められたとき。
 惟道が「君の香りは百合のようだ」と言った、その記憶が甦る。


「セツ……」


 家の前で待っていたセツの顔を見て、志野子は笑った。


「私……惟道さまのもとで、香を聞きたいと思うの」


 セツは一瞬きょとんとしたが、すぐに目尻を和ませた。


「……ようやく、居る場所が見つかりましたね、お嬢さま」


 志野子は、小さく頷いた。

 風が吹く。
 春の名残を残した風が、二人の間をそっと抜けていった。