春は、香りとともに。




 「惟道さん……起きてしまいました?」


 私は小さく囁くように声をかけた。

 惟道は、ゆっくりと目を開ける。
 そして、視線が私に合うと、ふっとやわらかく微笑んだ。

 「……志野子さん。おはようございます」

 「……おはようございます」


 それだけで、胸がいっぱいになった。

 起き上がろうとすると、先生がそっと手を伸ばしてきた。


 「……もう少しだけ、こうしていてもいいですか」


 その言葉に、私は思わず頷いてしまった。


 「はい。……私も、そう思っていました」


 ふたりで並んで横になったまま、しばらく何も言わずに過ごす。
 ただ呼吸が重なって、鼓動が静かに伝わってくる。

 時間が止まっているようで、それでいて、確かに朝が来ている。
 この静けさが、ずっと続けばいいのにと、心から思った。

 しばらく布団の中で過ごしていたけれど、外の光が次第に強くなってきたのを見て、私はそっと身を起こした。


「……朝ごはん、用意しますね」

 そう言うと、惟道先生も静かに身体を起こし私の手を引っ張る。

 「……待って、志野。今日はもう少しだらけよう。もう少し抱きしめていたいんだ」

「はい……私も、あなたにくっついていたいです」

「良かった。あとから一緒に、作りましょう。それまではこのままで」

「はい」


 わたしを見ながらクスリと笑うと惟道は何も気にせずに、「味噌汁なら得意です」と微笑んだ。
 その言葉だけで、胸の奥がふっとあたたかくなる。温かさに浸っていると、彼は私の頬に触れながら唇を重ねた。