春は、香りとともに。



 目を覚ましたとき、私は柔らかな温もりの中にいた。

 掛け布団の中、肌に触れる感触は、春の夜風ではなかった。
 あたたかく、静かで、深い――心の奥にまで届くような、そんなぬくもり。

 私は、そっと隣を見やる。

 そこには、静かにまどろむ惟道の姿があった。

 端整な横顔。落ち着いた寝息。長い睫毛がふわりと揺れている。
 月明かりの中で見たときより、少しだけ幼く見える表情に、思わず頬が緩んだ。

 ――夢じゃないのよね。

 私は、自分の胸元にそっと手を添える。

 昨夜、彼の手が触れた場所。
 名前を呼ばれ、愛された記憶が、まだ身体の奥に残っている。


「志野子さん……」


 寝言のように、彼がぽつりと名前を呼んだ。

 私は驚いて息を飲み、それからゆっくりと返した。


 「……はい」


 朝の光が、障子の向こうで柔らかく揺れていた。

 昨日までの私と、今日の私は、きっと少し違っている。
 何が変わったのか、うまく言葉にはできないけれど、
 この人の隣にいることが、もう“当たり前”だと思えるような気がしていた。