春は、香りとともに。



 「こわくないですか……」

 「はい。……大丈夫です」


 その言葉に、惟道の胸がふるえた。

 指先で、彼女の肌に触れる。

 肩の線、背のくぼみ、鼓動の響き――すべてが、愛おしくてたまらなかった。

 志野子の瞳が、少し潤みながらも、まっすぐに惟道を見つめてくる。


 「こんなふうに、だれかに触れてもらえる日がくるなんて、思いませんでした」


 その言葉は、唇ではなく、胸の奥から湧いて出た。
 彼女の手が惟道の背を撫でる。

 それは震えるようなやさしさで、でも間違いなく、一緒にいたい――という想いの証だった。



「わたし、初めてなんです……だから、優しくしてください」


 夜の静けさの中、ふたりは何度も唇を重ね、肌を寄せ合った。


「もちろん、あなたの初めてをいただけるのはとても嬉しいよ」

 火照るような熱ではなく、灯火のような穏やかな温もりの中で心と体が重なっていった。

 やがて全てを終えた後、惟道は志野子をそっと抱き寄せ、彼女の髪に口づけを落とした。


 「……ありがとう、志野子さん」

 「わたしの方こそ……先生に、ありがとうを伝えたいです」

 「これから先、何があっても――隣にいてください」

 「はい。……どんな夜でも、ひとりで泣かないと誓います。
  だから先生も、どうか……同じように、わたしに寄りかかってください」


 ふたりは、布団の中でそっと手をつないだ。
 指と指が重なる感覚は、熱を帯びて、心を静かに満たしていく。

 外では、春の最後の風が、優しく桜を揺らしていた。