春は、香りとともに。




  ***
 

 静かだった。
 音ひとつしない、春の夜。

 重ねた唇の温度に、惟道は静かに震えた。
 こんなにも大切に、こんなにも丁寧に誰かを抱きたいと思ったのは、初めてだった。

 志野子の細い指が、彼の着物の袖をたぐる。
 

 「……先生、もう少し、近くに」


 その声に応えるように、惟道は彼女を畳の上へ導いた。

 ふたりは着物のまま、ゆっくりと体を重ねた。

 柔らかく、でも確かに――互いの温もりが、衣の隙間から滲み出て、素肌に触れたとき、
 志野子がかすかに息を詰める。

 惟道は急がなかった。
 焦がれる気持ちはあっても、それ以上に、彼女の心が自分を受け入れてくれるまで、待ちたかった。