春は、香りとともに。




 夜が訪れた。

 志野子は、縁側に座っていた。
 上掛けを肩に羽織り、庭を見つめていた。小さな桜が一本、風に揺れていた。

 そのとき、障子が静かに開いた。


 「こんなところにいたんですね」


 惟道の声。振り向けば、ふたつの湯呑を手にしていた。


 「冷えますから」


 その手から湯呑を受け取り、指がふれた瞬間、胸が少しだけ高鳴った。


 「ありがとうございます」

 「こちらこそ」


 並んで腰掛けた縁側に、夜の風がそっと吹き抜けた。
 湯呑のあたたかさが、手のひらをじんわりと包み込んでくれる。